208人が本棚に入れています
本棚に追加
一位の男
◇ ◇ ◇
三人で話し込んだ後、俺たちはディナーを兼ねた懇親会の会場へ向かった。
ホテルの広々とした宴会場は、関係者や選手たちで賑わっている。
強化合宿は明日で解散になる。今日を解散会にしてもいいように思うが、それは明日の昼間にする予定になっている。
昨日も懇親会があった。初めて参加したせいか、合宿とはこんなに交流会的なものが多いのだろうか? と違和感を覚えてしまう。
宴会場の様子を見渡していると、不意に仲林アナが俺たちから離れ始めた。
「それでは私はこれで失礼します。他の方のインタビューもしないと、上司に叱られてしまいますから」
愛想の良い笑みを浮かべながら手を振ると、仲林アナは踵を返し、見知った顔と思しき人たちに挨拶する。
俺も頭を現実に切り替えていかなければと息をつく。何も知らない選手の一人。今はゲームのことは考えず、食事を口にすることだけを考えようと思う。
昼間の練習とゲーム内で身体を酷使したこともあってか、いつになく腹が空いている。
しっかり食べなければ身体も精神も細ってしまいそうな気がしてならない。
料理はビュッフェ形式。壁際に並んだ料理の数々を見つけ、俺が足を向けようとした時。
「正代君」
隣にいた東郷さんが俺の肩を掴み、耳元で囁く。
「俺から絶対に離れないでくれ。君は俺のパートナーとしてここにいる。そのつもりで振る舞って欲しい」
「分かりましたが、どうすれば?」
俺が小声で尋ね返すと、東郷さんの手が俺の腰を抱いた。
「なるべく周りを見ず、俺だけを見ていて欲しい。俺以外はこの場の誰にも興味を持っていない、というのを態度で示してくれ」
なぜそんことをする必要が?
思わず驚きと疑問が顔に出てしまう。そんな俺の困惑を読み、東郷さんが近くで談笑しているグループに目配せする。
横目で見てみれば、俺たちのように近い距離で話し、肩や腰を抱くのが
むしろ当たり前のような態度で目を見開いてしまった。
「あの、これは……」
「彼らの距離感、近いと思うだろ? 懇親会は夜の相手を物色するための場として提供されている。正代君はこの中でも特に若い。内心狙っている者は多いんだ」
朝に東郷さんから教えてもらったことが頭をよぎる。
俺の体を狙っている者がこの業界にいる――今の話を合わせれば、それが複数人いて、東郷さんが離れて隣が空くのを待っているということ。
全身に悪寒が走り、今すぐこの場から離れてしまいたくなる。
どうしてこんなことを堂々とやっているんだ?
明らかに主催者がこの状況を進んで作っている。それはつまり――。
不意に、東郷さんが俺を抱き寄せて身体を密着させてくる。
そして漂う牽制の気配。
いつの間にか東郷さんの顔は正面を向いている。
俺もつられて見れば、そこには東郷さんのスポンサーである柳生田さんがこちらに近づいてきていた。
最初のコメントを投稿しよう!