一位の男

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「やあ正代君、楽しんでいるようだね」  ニッ、と口ひげの下で凛々しくも快活な笑みを浮かべると、柳生田さんは俺たちを舐め回すように見てくる。  品定めというよりは、何かを確かめようとしているような視線。  どう反応すればいいのか分からないまま、俺はたどたどしく返事をする。 「は、はい。東郷さんが色々と気遣ってくれるおかげで、不慣れながらも楽しませて頂いています」 「……うむ、仲が深まって何よりだ。相部屋になったようだから、今晩はより密な間柄になれるだろう」  暗に俺たちの関係を柳生田さんが口にしてきて、思わず俺の頭がカッと熱くなる。  東郷さんのスポンサーということは、この強化合宿の資金を援助をしている人間だ。ここで何が行われているのか把握していてもおかしくない。いや、むしろ主導している一人なのだろう。  俺の腰を抱く東郷さんの腕に力がこもる。ふと見上げれば、いつになく凍てついた顔で柳生田さんを睨みつけていた。 「そういったことは言わないで頂きたい。いくら柳生田さんでも、正代君を辱める発言は見過ごせません」 「本当に正代君にご執心だな、君は。こんな欲望まみれの場所で綺麗な純愛の花を咲かせるとは、なんとも……いや――」  柳生田さんが顎を撫でながら、妖しく微笑む。 「君は誰よりも強欲だ。その穢れた欲情で未来のある正代君を汚して、囚え、さぞ気分がいいだろう」 「……っ」  東郷さんから息を詰める音が聞こえてくる。  いくらスポンサーとはいえ随分と踏み込んだことを言われて、東郷さんも腹が立っているのだろう。一緒に聞いている俺も腹立たしい。  二人の間に緊張感が漂い始める。もう離れたほうがいいと思っていると、柳生田さんが踵を返した。 「野暮なことを言って済まなかった。今宵は存分に楽しんでくれ」  離れていく柳生田さんの背をしばらく見てから、俺は東郷さんに視線を向ける。  鈍い動きで東郷さんが俺を見下ろす。  なんの感情も浮かんでいない虚無の瞳。今まで東郷さんに負ける度に向けられていた目。  しかし、それは一瞬だけ。  すぐに熱と申し訳無さが浮かんだ目で、俺を覗き込んでいた。 「嫌な思いをさせて済まなかった」 「いえ……むしろ東郷さんのほうが嫌な思いをされたのでは? 自分は大丈夫ですから」 「……優しいな、正代君は」  フッ、と東郷さんの目が切なげに細くなったかと思えば、俺をそっと抱き締めてくる。  人が大勢いる中での抱擁。こういうことが歓迎されている場だと分かっていても、方々から好奇の視線を向けられ、羞恥心が無限に湧き上がってしまう。  そんな俺の耳元で、東郷さんが声なき声で囁く。 「柳生田さんが、『至高英雄』の一位だ」  そうか。あの人が元凶なのか。  強張ってしまった表情を、俺は東郷さんの胸元に埋めるようにして隠した。  
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