●覗いた葛藤

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「ン……っ」  シャワーの音に混じり、悩ましげな自分の声が響いて聞こえる。  あっちの世界にシャワーは存在しない。この環境が、今は現実にいるのだと俺に分からせてくれる。  東郷さんの腕が、俺を深く抱き込んでくる。鍛え抜かれた身体。互いの筋肉が合わさると、吸い付くように馴染み、どちらとも分からない熱に頭が浮かされていく。  なぜこんなことを? と困惑する思いと、ゲームの延長線で恋仲になったからかと納得しそうになる思いが同時に沸き起こる。  ただ、ゲームで刻まれてしまった快楽のせいで、俺の身体は勝手にその先を思い出して東郷さんを求めたがってしまう。  ギュッとしがみつき、受け入れたがっている自分を隠さずにいると、東郷さんがわずかに唇を離して話しかけてくる。 「このままで聞いてくれ。シャワーの音が会話をぼかしてくれる……君だけに伝えたかった」 「東郷、さん……?」 「弟に会ったら、真実を教えて欲しいと頼んでくれ。そして協力してあの世界を作っている者を捕らえるんだ。そうすれば『至高英雄』を早く止められるかもしれない」  大事な話だと気づいた途端、俺の頭が醒める。  密着した身体をそのままに頷けば、東郷さんが褒めるように小さなキスを俺に与えた。 「俺はこの件に関しては、自分から動くことはできない。時には反対する時もある。それでも誠人は自分の意見を通して欲しい。領主の意思に押し切られた形でなければ、俺は……」  話しながら東郷さんの瞳の光が弱まっていく。  また東郷さんが、負けた俺を見下ろしていた時の顔になろうとする。  柳生田さんに援助されているしがらみで、東郷さんは表立ってゲームから敗者を解放することができないのだろう。その心の葛藤が滲み出ている。  だとしたら、今まで俺が見上げてきた東郷さんは――。  俺は東郷さんの両頬を手で挟み、自分からキスを重ねた。 「必ずやります。だから東郷さんは今まで通りで……俺が全部、背負いますから」  東郷さんの目が大きく見開かれる。  そして次第に泣きそうに歪み、無言で俺の唇に貪りついてきた。  感極まったように激しくなった舌の動きに翻弄されながらも、俺は東郷さんにしがみつき、濡れて重くなった髪が貼り付いた頭を撫で回す。  きっと、この状況でもまだ東郷さんは全てを話してはいない。ほんの少しだけ事情を覗かせたに過ぎないだろう。  それでも東郷さんが俺だけに見せてくれた顔が嬉しくて、俺は何も言わずに東郷さんを受け入れる。  指先まで強靭さが行き届いた手で俺の身体を弄り、肌を滑らせ、淫らに俺を求める動きに変わっても、俺は止めなかった。
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