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パタンと扉を閉めると、才明はその場に立ち尽くし、俺を見つめてくる。
「……来ないのか?」
動く気配のない才明に俺から声をかけると、才明は重い足取りで俺に近づく。
「誠人様……隣に座っても?」
「ああ、構わない」
ゆっくりと才明が腰を下ろす。
どちらかが手を伸ばせば触れられる距離。近いようで遠さを感じる。
何か話すだろうと待ってみるが、才明の口は開かない。だから俺のほうから話を切り出してみた。
「何か悩みでもあるのか? よければ教えて欲しい」
俺は才明に顔を向け、真っ直ぐに見据える。
静かに才明は俺を見つめ返す。だが、スッ、と視線が下に逸れた気配がした。
「これを口にして良いものかどうかが悩みですね。言ってしまえば、今まで築き上げたものが壊れてしまうでしょうから」
「約束する。何を聞いても俺は変わらない。今まで通り――」
「それを私が望んでいないとしたら?」
意表を突かれて思わず俺は目を丸くする。
変えたいものがある? 何を変えたい?
少しでも才明の考えを知ろうと頭を巡らせていると、不意に才明が身を乗り出し、俺に顔を近づけてきた。
「あのお二人は良いですよね。純粋に想いを寄せることができて……華侯焔は誠人様の心を射止めている。英正はこの世界で誠人様にすべてを捧げるために作られた……形は違えど、高めた想いが向かう先があるのです」
糸目がわずかに開き、才明の瞳から熱が覗く。そしてどこか仄暗さが漂い、俺は身を引きそうになる。
――今の才明から逃げてはいけない。
どんな彼でも受け止めなければ。それが領主の役目。
ジッと訪れを待ち構えていると、才明は吐息がかかるほど顔を近づけ、動きを止めた。
「貴方を抱いて、想いを高めて、目的を果たした後――私には何も残らないのですよ、誠人様」
「え……?」
「ここでの貴方は皆のもの。しかし本当の世界ではもう、あの方に囚われている……私も英正も、華侯焔には敵いません。でも英正はこの世界でしか生きられないからと、別れの日まで想いを高める気でいます」
そっと才明の手が俺の頬に添えられる。まだ湯冷めしていない手は熱く、才明の高ぶる気持ちを表しているようだった。
「誠人様が覇者になれば、私はこの世界から解放される……育てた想いをぶつけたくても、既に貴方は奪われている。この世界でなければ、私は貴方を抱くどころか、こうして愛しく触れることもできません」
「才明……」
「身体を重ねて想いを深めれば、誠人様と強い技を生み出せることは承知しています。それでも……これ以上、貴方を想えば私は……絶望しかない」
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