壁の向こうは

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壁の向こうは

 ――ツゥン、と。耳にVRの電源を入れた時のような音がする。  一瞬、俺の視界は闇に覆われる。  しかしすぐに白く染まり、眩しさで目がくらむ。  痛みを覚えながらも何度か瞬き、ようやく視界がはっきりとしてくる。  目の前に広がっていたのは、昼間の森。  小鳥がさえずり、木漏れ日が心地よい森の中で、俺はしばし呆然となる。 「夜だったはずなのに……侶普、これはどういう――」  振り返って侶普に尋ねようとしたが、俺の背後には誰もおらず、壁すら消えていた。  あるのは見たこともない洞窟。  どうやら俺はここから出てきたらしい。  辺りを見渡しながら前に進んでみると、すぐに木々が少なくなり、見晴らしが良くなる。  そこに広がっていたのは、広大な森の向こうに見える城や街。  遠目でも分かるその様相は、どう見ても中華のものではなかった。  慌てて俺は侶普から渡された望遠鏡で街を見てみる。  いずれも欧州の建物を思わせるような造りだ。城も、街を歩く人々の衣服や顔立ちも洋風で、自分の目を疑ってしまう。  つまり『至高英雄』の世界の外にあるのは、また別の異世界ということなのか?  俺ではこの状況を正しく理解することができない。  恐らく才明にこのことを伝えれば、上手く情報を整理してくれるはず。  ここから遠くに離れないほうがいいだろうが、もう少しだけ探索しよう。  少しでも情報を得たほうが、より確かな状況把握ができる――そう思った矢先。 「オ前、ナゼソノ姿デココニイル?」  濁った声に話しかけられ、俺は弾かれたように振り向く。  木々の合間から現れたのは、顔はトカゲ、身体は人間の戦士の姿をした異形だった。  これは、まさか魔物?  俺が固まっていると、トカゲの魔物は俺の全身をジロジロと見ながら首を傾げる。 「妙ダナ……ココノ人間トモ、同胞トモ違ウ匂イガスル。マサカ、オ前ハ異界ノ民ナノカ?」 「異、界?」 「ソノ無知ナ様子ハ、マサシク異界ノ民。オレニ敵意ヲ向ケナイコトガ、何ヨリノ証」  一人で納得したように何度も頷くと、トカゲの魔物は洞窟に向けて鼻先をしゃくった。 「大人シク戻ッタホウガイイ。コッチノ世界デハ、異界ノ術ハ使エナイ。オレハ少シ異界ノコトヲ知ッテイル。迷子ナラバ人里ニ送リ届ケテヤロウ」  見た目こそ恐ろしいが、態度は紳士的だ。話も通じる。  俺は覚悟を決めると、トカゲの魔物に向けて拝手した。 「心遣い、感謝します。俺は正代誠人。貴方が言われる異界からこちらに来ました。良ければ少し話を聞かせて頂けないでしょうか?」  この世界の住人ではなくとも人間が頼み事をするとは思わなかったのか、トカゲの魔物は小さな目を丸くする。  何度か首を傾げて、俺を眺めた後。トカゲの魔物は大きく頷いた。 「イイダロウ。オレハ異界デハ芭張ト名乗ッテイル。オレモ知リタイコトガアル。情報交換シヨウ」  サッとトカゲの魔物――芭張が、鱗だらけの手を差し出してくる。  異世界の魔物が『至高英雄』での名前を持っている? どうなっているんだ?  分からないことばかりが増えて混乱しそうになりながら、俺は芭張と握手を交わした。
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