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「いきなり何を言い出すんですかー! まさか他の領地内で誠人サマを手籠めにする気ですか? みっともなくサカらないで下さいー!」
白鐸のあけすけな言葉に反論するどころか、華侯焔は「悪いか」と胸を張った。
「ずっと誠人様を独り占めできてないんだぞ? 道中だって三人で分け合ったり、才明に譲ったりで、移動できなくならないよう抑えてきたんだ……トドメは白鐸、お前が澗宇にあれもこれもバラしやがって。兄の威厳が粉々だ」
「えっ、兄の威厳あったんですかー? 澗宇サマ、またですかって呆れ果ててたじゃないですかー」
「昔の俺と誠人様に仕えた後の俺は違うんだからな! ただの戯れでやってる訳じゃなく、本気でやってる。やっと熱くなれるヤツに出会えて、無茶するなっていうほうが無理だろうが」
「そんな爛れた本気は結構ですー! 誠人サマを壊して、男なしではいられない身体にしないで下さいー!」
やめてくれ、白鐸。お前が俺の評判をみっともなくさせているんだが……。それと華侯焔、道中のあれこれを澗宇に暴露しないでくれ。自分が弟から厳しい目で見られるようになるだろうに。
始まってしまった二人の言葉の応酬を聞きながら、俺がこの場から消えたい気持ちになっていると、芭張が俺に近づいて同情の眼差しを向けてきた。
「大変な苦労をしているようだな、誠人殿……」
「……このことは、聞かなかったことにしてもらえると嬉しい」
「分かっている。我が同胞の中にも好色の厄介な者がいてな……同胞がほぼそやつの餌食となり、それでも喰い足らずに異界へ来て潜伏している」
「ほぼ餌食……まさか」
「深くは考えないでくれ。頼む」
この芭張の一言で、すべてを察してしまった。一気に親しみと共感が込み上がり、今すぐ底彼を慰めたくなる。
だが、それは叶わなかった。
「明日から誠人様は忙しくなるんだろ? だったら早く休ませるべきだと思わないか、澗宇?」
華侯焔の声に、澗宇の顔から毅然としたものが弱まり、困惑の色が覗く。
申し訳無さそうに澗宇が俺を見上げた。
「あの、誠人さん、大丈夫ですか?」
「……焔がヘソを曲げて暴れずに済むなら、その、構わない」
「で、でしたら、今夜はこのままお休み下さい。敷地内に露天風呂もありますので、道中の疲れを癒やして頂ければ――」
ピク、と。華侯焔の耳が大きく動いたのが見えてしまった。
「分かった。軽く食事を取ってから入らせてもらうぞ」
それはもう高揚を抑え切れないと言わんばかりに、華侯焔の口端が大きく引き上がる。
せめて自分の足で歩かせて欲しいが、俺を捕らえる華侯焔の腕は力が込められ、絶対逃すまいという意志が伝わってくる。
諦めて受け入れるしかないと、俺は密かにため息を吐き出した。
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