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志馬威の軍師。その短い言葉だけで事の重大さが分かる。
そのそも、この世界を作った魔導士というだけでも重要人物なのに、大国を支える軍師が奪われたとなれば、政にも戦にも影響が出るはずだ。
昂命がこちらに捕らえられたと知れば、戦を仕掛けて揺さぶりをかけてくるかもしれない。同じ大国でも澗宇の領地は戦いを避け続けてきた故に、いざ戦となれば上手く立ち回るのは難しいだろう。
澗宇が怯み、唇を硬く結ぶ。それでも華侯焔から目を逸らさずに食い下がる。
「ならば尚さら僕が預からねば。まだ土台が盤石ではない誠人さんに、負担をかけさせることはできません」
「誠人様には俺がいる。太史翔の領地や武将も手に入れて、力もつけてきている。何より俺は、一位に挑むために準備を進めてきたんだ。抜かりはない」
はっきりと華侯焔が言い切る。決して大きくはないが、辺りに通る力強い声。
俺は二人の間に割って入ると、澗宇に笑いかけた。
「心配してくれて感謝する、澗宇。だが俺も覇者を目指してこれまで戦ってきた。いずれ向き合わねばいけない相手に目をつけられても、それは負担じゃない」
「誠人さん……」
澗宇の眉間が寄り、苦しげな表情を浮かべる。
申し訳無さそうな色を見せ、一瞬何か口を開きかけるが言葉を飲み込む。
そうして視線を伏せた後に頷いた。
「……分かりました。でも誠人さんだけに負担はかけさせません。物資の支援と援軍だけでなく、何があっても必ず味方であり続けることを約束します」
「ありがとう。その言葉をもらえて心強い」
「どうか忘れないで下さい。この澗宇陣営は誠人さんの味方です。誰が相手であったとしても、どれだけ不利な状況であったとしても、澗宇の名において絶対に違えることはありません」
まるでこの先に起きることを悟っているように、澗宇は噛み締めるように告げる。
この中で一番儚げであるのに、今まで聞いてきた声の中で最も重みがある。
澗宇に全幅の信頼を寄せることができるのは、俺にとって本当に幸運なことだ。
だからこそ覚悟を見せてくれる彼には、絶対に敵の手を届けさせたくはない。
俺の所で必ず止めてみせる。そして『至高英雄』を終わらせた後は、現実で朝のような談笑ができる未来を手にしたい。
俺は頷き、澗宇の決意を受け止める。
そして華侯焔に振り向いた時、その顔に胸がドキリとなる。
華侯焔の目は澗宇にしっかりと向けられていた。
唇は笑っていながら、どこか悲しげな眼差し。最近よくこんな顔をしている気がする。
フッと息をつき、華侯焔は俺に視線を合わせてきた。
「覚悟しておけよ。城に戻らない内に猛攻が始まるかもしれんぞ」
「ならば急いで帰還しよう。準備を進めて明日には発とう」
俺の答えに華侯焔は「全力で駆けるぞ」と、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
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