中断できぬ理由

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 大広間から離れていくと、宴の賑わいが遠ざかっていく。  廊下は人気がなく、月のない夜空を見ながら英正と歩いていると、それだけで心が落ち着いていく。この一時は心地良い。  何も話さなくても苦しさを覚えないが、俺はふと感じていたことを英正に伝えた。 「なあ、英正。澗宇の所にいる間、侶普とよく一緒にいたようだが、何か教わっていたのか?」 「はい。特別に侶普様と手合わせし、技も伝授して頂きました」  華侯焔と肩を並べるほどの強さを誇る侶普から、直接手解きを受けたとは……羨ましい。しかも技まで教えてもらえるとは。  いくら同盟を組んでいたとしても、仕える主は別だ。その上でここまで英正に目をかけてくれるなど、本来ならあり得ないことだ。  あの澗宇がすべてな男が目をかけてしまうほど、英正は侶普に成長を期待されているのだろう。そう考えると誇らしく思えてくる。 「いったいどんな技を教えてもらったんだ?」 「大地を砕き、地の盾を生み出す技です。同時に攻撃も兼ねることができるので、雷獣化と合わせて使いこなせば、今まで以上に敵を蹴散らせるかと」  英正は近距離特化の武将で、遠距離の攻撃は今までなかった。それが侶普の技を授けてもらったことで攻撃の範囲が広がった。  これまで以上に頼もしくなった英正を、横目で見つめる。  俺と背丈は変わらないままなのに、体つきが前よりもがっしりとしている。絶え間ない鍛錬を積み重ねた証拠だ。横顔もあどけなさが消え、男の顔になった。  もし、今の英正と真剣勝負をしたら、俺は勝てるだろうか?  迷いを抱いている俺が、前だけを見据えているこの男に――。 「……誠人様。そんなに見つめられると、困ります」  ふと気づけば、英正が瞳に恥じらいを浮かべながら目を泳がせる。  ああ、英正らしいな。  どれだけ成長しても、変わらない人格の芯が見えたような気がして、俺は顔を綻ばせる。 「悪かった。強くなったと思って、つい」 「私などまだまだです。誠人様を守り抜くためには、もっと強くならなければ……」 「今以上に強くなりたいのか。本当に頼もしいな。どこまで強くなりたいんだ?」 「華侯焔様を上回る強さが欲しいです」  つまり、この世界の最強を望むというのか。  俺は現実で東郷さんを、英正は華侯焔を――誰もが敵わぬと諦めてしまう存在に勝つことを諦めない。  どこまでも俺と英正は重なるのだな、と思わずにはいられなかった。  領主の部屋に到着し、俺は扉を開けて中に入ろうとする。 「……誠人様」  呼ばれて振り返ると、英正の顔が間近にあった。  俺との交わりを望みながら、許されるまでは自分から来ない。この距離が英正にとっての強請りだ。  軽く首を伸ばし、俺から英正に口づける。  少しだけ舌先を絡ませ、俺も望んでしたことだと唇で伝えれば、英正からわずかに安堵の息が溢れた。 「おやすみなさいませ。また明日、お目にかかれることを心待ちにしております」  キスを切り上げながら、英正が優しい声色で告げてくる。  俺の世界に来ることができないことを、受け入れた上での言葉。それが伝わってきて、俺の胸は締め付けられた。
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