中断できぬ理由

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 英正の背を見送ってから、俺は扉を閉め、寝台に腰かける。  このまま眠りにつけば、セーブして元の世界に戻ることができる。  だが、いつもは褒美があろうとなかろうと、華侯焔の相手をしてから眠りにつくのが習慣化していた。  きっと白鐸との口喧嘩を終えてから、色々言われたことを愚痴りながら俺を抱くだろう。  華侯焔のこれからの行動を想像して、俺は思わず小さく吹き出す。  そして俺の胸に重たく濁ったものが渦巻き、顔をしかめてしまう。 「焔……聞けば教えてくれるのか?」  柳生田さんとゲームのことは、いつから知っているんだ?  俺に近づいたのは、俺がゲームに参加したと分かったからなのか?  それとも参加する前から? 坪田を利用して、俺がゲームに参加するよう仕向けたのか?  まさか坪田を行方不明にしているのは、東郷さん? 俺に真実を暴露させないために――。  考えれば考えるほど華侯焔を――ひいては東郷さんを疑ってしまう。  こんな迷いだけらけの弱い姿を晒してしまえば、東郷さんの心はすぐ離れてしまう。  ……思考が感情的になる。  物事の真偽よりも、自分の弱さを晒して心が離れていくことを恐れてしまう。  華侯焔は言っていた。強い者を堕としたい、と。  弱くなればすぐに飽きて、覇王となる途中であっても離れていくだろう。  強くあらねば。そのためには、何が真実であっても揺らがない自分でいなければ。  頭では答えを出せるのに、心の揺れが抑えられない。  早く華侯焔に会って話したい……話すのが怖い……逃げたくない……考えたくない――。  取り留めもなく考えていると、どこからともなく甘い香りがしてくる。  上品で、優しい香りだ。花のようでもあり、桃の芳醇な匂いでもある。  次第に頭がぼんやりしてきて、思考が緩んでいく。  そして意識が薄れ、うつらうつらと舟を漕いでしまう。  眠い。このまま目を閉じれば、すぐにでも夢の世界に落ちることができる。  だが華侯焔を待ちたい。  俺の疑いを聞いて「考え過ぎだ」と笑い飛ばして欲しい。肌を重ねた温もりで、信じさせて欲しい。  ……俺はこんなに女々しい人間だったのか。  己の一面を嘆きながら、俺は意識を完全に手放した。  真っ暗な中を落ちていき、見えない底に足を着ける。  これでセーブをすることができるが、このまま次の日を続けてしまおうかと迷ってしまう。  華侯焔と話をしておきたい。このまま現実に戻っても、どうやって東郷さんと顔を合わせば良いのか分からない。  せめて東郷さんを信じても大丈夫なのだという証が欲しい。  絶対に間違いがないものでなくていい。ただ俺の顔を見て、話をしてくれるだけでいいから――。  どこからともなく抑揚のない声が響いた。 『まだ中断の条件を満たしておりません』 「そんな……今回の戦に参加した者に、褒美は与えたはずだ」  思わず虚空に向けて反論すると、答えが返ってきた。 『新たな戦が発生しました。褒美を与えてからセーブして下さい』 「なんだって? いったい誰が――」 『プレイヤーをゲームに戻します』  俺の疑問を無視して、声は無慈悲に夢の世界から俺を引き上げた。
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