残された兄の苦悩

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 東郷さんの車が停まったのは、田舎の町にしては綺麗で大きな病院だった。  俺が尋ねるよりも早く、車を降りてドアを閉めながら東郷さんが教えてくれた。 「ここは柳生田さんが出資している病院だ。研究所も併設されていて、最新の設備と技術が揃っている」  街の総合病院よりも規模が大きい。あちこちに何棟も建物があり、駐車場も広い。車の量も多く、周囲の住民の数よりも利用者のほうが多いかも知れない。  物珍しくて辺りを見渡す俺に、東郷さんが目配せして歩くよう促してくる。  そうして東郷さんを先頭にして、俺は少し斜め後ろをついて行った。  向かった先は、病院の建物の中で一番大きな中央の建物だった。  入院患者が集まっているらしく、病院の衣服を着た人たちがロビーや休憩所に集まり、談笑している。  その五階の最上階にある個室部屋の前で、東郷さんは足を止める。  スライド式のドアの隣に出ている名前は『東郷和毅』。澗宇の現実の名前をここで初めて知った。  コンコン、と東郷さんがノックしてからドアを開ける。  東郷さんにとっては見慣れた光景。  だが俺の目には真新しいこと。思わず後ずさり、目の前の真実を凝視した。 「紹介する……俺の弟、東郷和毅だ」  大きなベッドで寝ているのは、小柄で痩せ細った男性だった。  いくつものチューブを身体に繋げ、口元は人工呼吸器で覆われている。  あの世界で見た澗宇の面影はどこにもなく、今にも生気が消えかかりそうな姿がそこにはあった。  そして彼の目元は、黒く分厚いゴーグルで隠れていた。  愕然となる俺に、東郷さんは抑揚のない声で教えてくれる。 「和毅がこの身体になって、もう八年が経っている――俺が目を離した隙に、事故に巻き込まれてしまったんだ。命は取り留めたが、意識は未だに戻っていない」 「……待って下さい。『至高英雄』の領主は、負けない限りは現実の身体が移動するはず。なぜ澗宇として動いていられるのですか?」  身を以て知ることになってしまった、『至高英雄』の真実。領主の身体は現実のものが、あっちの世界に移動する。異世界転移というやつだ。  だから格付け第三位の領主である澗宇が、か細い身体ながらも不自由なく動いているという事実が理解できない。  俺が問うと、東郷さんはもったいぶらずに教えてくれた。 「事故を起こした相手が、柳生田さんの会社の幹部だった。だから口止めも兼ねて、弟に最新の治療を施してくれた……だが意識は戻らなかった。それからニ年が経った頃に、柳生田さんが俺たちに『至高英雄』のテストプレイをさせてくれたんだ。弟の身体は、特別に魔導士が肉体を用意したものを使わせてもらった」
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