残された兄の苦悩

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 東郷さんは悔しげに顔を歪め、視線を反らす。 「君には黙っていたが、澗宇たちや才明、白鐸にも協力してもらって昂命を尋問していた。『至高英雄』は志馬威に請われて昂命が魔法で作った偽りの世界。世界の存亡は昂命が決められる。そして奴は志馬威の命しか聞かない……志馬威が負けを認めて解放を命じた時に世界を終わらせる。存続が終焉。この二つの道しかないと断言された」 「待って下さい。昂命の言葉は真偽が怪しい。外から他の魔導士を招いて、他の可能性を探れば――」 「魔法は発動した者がすべての権限を握る。その人間が他の道を望まなければ、他の可能性は生まれない。方法があるかどうかではなく、昂命の考えを変えられるかということが鍵になるが……昂命にそれを望むのは無理だ」  俺の知らないところで、昂命の何を見てしまったのだろうか?  まだ話の全貌が掴めずに困惑する俺をよそに、東郷さんが取り留めもなく話してくれる。 「白鐸の術や薬、芭張や羽勳の魔法、道具――何を使っても昂命は折れなかった。身も心もすべて志馬威に捧げた昂命には、何も効かない……苦痛すら志馬威のためだと喜んで受け入れる男の考えなど、変えられるものじゃない」 「……志馬威の説得をすることはできないのですか?」 「あの人は一度決めたことを変えない人だ。そして、弱者の声は聞く価値がないと切り捨てている――俺はあの人にとって、ずっと弱者だ」  小さく呟かれた東郷さんの本音に、俺の気が遠のきそうになる。  柔道で俺が一度も勝てたことのない東郷さん。  『至高英雄』では最強の武将だと称えられている華侯焔。  俺がどれだけ努力しても届かない領域にいる人が、自分を弱者だと言っている。  一番聞きたくなかった言葉だった。 「東郷さんは弱くなんてありません! いつも強くて、俺は何をしても超えられなくて――」 「俺が強いならば、君を巻き込んではいない!」  声を荒らげながら東郷さんは俺の手を掴み、泣き出しそうな目で睨むように覗き込んでくる。 「俺は、和毅の自由を失いたくない。志馬威に蹂躙されて心を折られる君も見たくない……今なら昂命を材料にして、志馬威と同盟を結ぶことができる。覇者にならなければ、誰も失うことなく、領主として平和に治めることができるんだ」 「失う……」 「あの世界を壊せば、別世界から来た者たちは自由になる。だが『至高英雄』のためだけに作られた者たちは消える。侶普も、表涼も、英正も――」  敗者の解放は、あの世界を消すこと。  覇者になれば英正たちとは別れることになると思い、覚悟はしていた。  だがそれは、別々の世界で生きるという別れだと思っていた。  存在を消すことになるなんて、考えていない。  
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