悩み続けて

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悩み続けて

   ◇ ◇ ◇  病院を出た後、東郷さんは大学の寮の近くまで俺を送ってくれた。  ――俺が車を降りる前に、唇を奪って身体を疼かせてくるあたり、勝敗が決まるまで手を抜かずに攻め続ける東郷さんらしい。  おかげで寮に戻るまでの間、身体が火照って頭がフワフワとしてしまった。  何人か寮内の顔見知りが「大丈夫か?」と声をかけてきて、平静を装うのが難しかった。疲れているから、という理由で誤魔化すことはできたが……。  部屋に戻り、俺は自分のベッドに倒れ込む。  ……身体が重い。山のような疲れにのしかかられ、このままどこまでも沈められそうだ。  考えてみればゲームを始めてから、俺の身体はずっと抱かれてきた。戦いと淫らな褒美の繰り返し。  自分が敗者になって奴隷にされないため。どちらの世界でも奴隷と化した敗者たちを助けるため、ここまで必死にやってきた。  覇者の道を諦めるということは、今までの苦労を手放すようなもの。  ここまで俺のために道を作り、導いてきた東郷さん本人が、今まで築き上げたものを捨てようとしている。 「東郷さん……本当に、それでいいんですか?」  思わず呟くと、別れ際のキスが脳裏に浮かぶ。  たったこれだけで身体の奥から疼きがよみがえり、全身を甘くざわめかせる。  危うく声が出かかり、俺は唇を閉じてやり過ごす。疼きの波が鎮まったのを見計らい、俺はもどかしげな息をついた。  他の誰でもない、東郷さんが望んでいること。  その理由はよく分かった。覇者の道は、俺たちにとって犠牲が大きすぎる。  和毅くんは澗宇になれない上に、あれだけ仲を深めている侶普を、兄との交流手段を失う。きっ強いショックを受けるだろう。それが原因で衰弱して命を落とすかもしれない。  唯一の肉親を失いたくない東郷さんの苦しみは、よく分かった。知ってしまった以上、俺はどうにか支えたいと思ってしまう。  良いように利用されて、裏切られて、縋られてしまった。  もう普通の人生を歩めなくされたというのに、恨みは微塵もない。  心から東郷さんが望むというなら、受け入れてしまいたい気持ちが覗いてしまう。  だが、覚悟を決められない自分がいる。  ずっと公式試合では負けを知らない、隙のない人。  異世界でも強くあり続けながら、俺が力をつけていくのを嬉しそうに見ていた人。  俺が強くあろうとするところを、好いてくれた人。  このまま頷いてしまえば、俺は強くあれない。  何人もの顔を知らない敗者たちの犠牲の上で交わり続ける姿は、東郷さんにとって興醒めするものではないのか?
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