悩み続けて

2/2
前へ
/568ページ
次へ
 ふと、華侯焔の言葉が頭をよぎる。 『ずっと俺は、心置きなく本気になれる人間が欲しかったんだ。こっちでも、あっちでも……誠人。俺は本気を出して生きたい』  あの時の言葉も計算だったのか? 俺を華侯焔に夢中にさせて、望むままにするための甘言だったのか?  本気を出すことがずっと叶わなかった、というのは本当だと思う。  柳生田さんは東郷さんのスポンサーなだけでなく、和毅くんの延命や特別に『至高英雄』に参加できる手配もしている。逆らえる状態ではない。  あの時は強すぎるが故に全力を出せないのだと考えてしまったが、きっとそうじゃない。  本音を言いたい。  思うがままに動きたい。  忖度なしに全力をぶつけたい。  言葉の裏に込められていた東郷さんの慟哭が、今になって俺の心に響いてくる。  吐き出せなかった望みを俺に吐き出して、そして求めるのが、自分と同じ場所に俺を引きずり込むことなのか?  まるで傷を舐め合う相手を望んでいるようだ。  ――本当に、東郷さんは俺にそれを求めているのか?  ずっと苦しい事情を誰にも知らせず、背負いながら戦い続けてきた人が?  どんな時でも不敵に笑って、先々を読みながら戦いを操るだけの武将が?  東郷さんの本音が分からない。  真実を見せながら俺を囚えようとすることも、本気をぶつけたいと望んだことも、どちらも嘘に思えなくて、正解が見えてこない。  しばらく目を閉じ、天井を仰ぎながら何度もため息をつく。  どくり。  俺の鼓動が大きく跳ねる。  東郷さんの事情も、真実も、理解はした。  これ以上俺が余計なことをすれば、柳生田さんに目をつけられ、現実で追い詰められることになるのかもしれない。  引き下がることが無難で、誰も失わず、俺たちが平和に過ごせる選択なのだろう。  だがそれは東郷さんの心を殺し続ける道であり、捕らわれ続ける敗者たちを犠牲にし続ける道だ。  ……これでいい訳がない。  一方的に巻き込んで、事情を押し付けて、苦しさを覗かせて――抱えていたものが一人で背負えなくなったから、俺にも背負って欲しいと手を伸ばしてきたのではないのか?  俺は身体を起こし、部屋の隅に置いたスポーツバッグを開けに向かう。  中から黒いVRゴーグルを取り出し、深呼吸する。  ゲームを再開すれば、すぐに華侯焔と顔を合わせることになる。  わずかに手が震え、手汗が滲む。緊張がひどい。  今の華侯焔は俺を堕とすことしか考えていない。他の選択肢はあり得ないと決めつけている。  まだ足掻くことはできるはずなんだ。  このまま諦めてしまえば、心は負け続けるだけだ。  俺は、負けたくない。  ただその一心で、俺はゴーグルをかけてスイッチを入れた。
/568ページ

最初のコメントを投稿しよう!

208人が本棚に入れています
本棚に追加