昂命の動揺

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 やれやれと言いたげに昂命が息をつくと、目を細め、人が悪い笑みを浮かべた。 「あんな裏切り者を信じたせいで、君はもう終わりだよ。可哀想に……散々食い散らかされて、引き返せない身体にさせられた挙げ句、全部奪われて人生も無駄になる。きっと華侯焔の玩具にされるだろうね」  昂命の言葉は決して言い過ぎではない。  このまま俺が足掻くことをやめれば、間違いなく辿ってしまう未来。  だが心に引っ掛かりがあるおかげで、俺は顔を上げて真っ直ぐに昂命を見つめることができた。 「まだ未来は決まっていない。志馬威との決戦の日までに、できることはあるんだ」 「何ができるっていうのさ?」 「心から戦えるよう、憂いを払う。迷いがあるままでは華侯焔にも志馬威にも勝てない」 「ふうん。心の持ちようで強さが変わると? バカバカしい精神論だね……じゃあ俺は君の心を折れば志馬威様のお役に立てるということだ」  昂命が笑みを消し、鋭い目を凍てつかせながら俺を睨む。 「この世界はオレの支配にある。正代誠人、君の目的は覇者となってこの世界の敗者を救うことなのは把握しているよ。どこにいても声はちゃんと聞こえていたからね」  華侯焔も才明も、この世界ではどこにいても誰かが聞いていると、言葉に気をつけて話をしていた。やはりそういう事情があったかと、俺は心の中で納得する。  今となってはもう俺たちの目的が知られても痛くはないと思っている中、昂命は話を続けた。 「志馬威様を倒して覇者となれば、この世界の存亡を決めることができる。この世界を作る時に、そう志馬威様が命じられたからね。だから新たな覇者が存続を望まなければこの世界は消える。君や澗宇のお気に入りの一人も、そこの忌々しい魔力持ちも一緒に――」 「……俺の世界と異世界の繋がりを絶ちながら、この世界を残すことはできないのか?」 「無理だよ。それは志馬威様が望まなかったから、この世界を作り上げる時に組み込んでいない。事前の条件付けが必要なんだよね。なんでも都合よく変えられるものじゃないってこと」  昂命の目に嘲りの色は一切なく、冷ややかにトドメを刺してくる将と同じ目だ。  嘘がない。真実を突きつけることが、俺の陣営の力を削ぐことだと判断したのだろう。  視界の隅で、才明が前に一歩踏み出すのが見えた。 「ひとつお尋ねしますが、もしこの世界を消すとなった直後に、新たな魔法で世界を作り出してこの世界をそのまま移す……ということは可能ですか?」 「アンタの質問には答えるのは気が進まないけれど、不可能だよ。それをするには魔力が足らなさすぎるからね。あと、俺は志馬威様の言うことしか聞かない。どれだけ頼まれても、脅されても、お前らの望みなんて叶えてやるものか」  どこか子供が拗ねて意地を張るように、昂命は視線を逸して言い捨てる。
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