昂命の動揺

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 昂命の言葉はすべて鵜呑みにできないところはあるが、ひとつだけ間違いのないことがある。  俺は昂命をジッと見つめながら、思わず呟いた。 「心から志馬威のことを慕っているのだな」  小さく零した独り言だったが、昂命は大きく頷いた。 「志馬威様はオレのすべて。初めて志馬威様がこの世界に召喚された時、皆に虐げられていたオレを助けて、オレの力を認めてくれた……あの人がオレを見出してくれたんだ」 「志馬威が召喚された? なぜだ?」 「魔王を討つためだよ。異世界の人間は、こっちだと力が強くなる。魔力がなくても魔法みたいな技も使えるようになるし、呼ばれた人間は、元の世界に戻して欲しいから言うことを聞いてくれるからね。でも、志馬威様は違った」  次第に昂命の声は抑揚が大きくなり、口がよく回るようになっていく。  もし縛られていなければ、拳を強く握っていそうなほどの熱弁が続いていく。 「身勝手に呼んだ王族たちの話に従うフリをして、オレにこの世界を作れと命じてくれた……どちらの世界でも手駒を増やし、覇王を目指される志馬威様……すべてを支配する日も近いですよ」  志馬威――柳生田さんは、オレたちの世界では大企業の社長。会社の規模を大きくし、他社を取り込んでいくというのは、覇王を目指すことと同じ感覚なのかもしれない。  しかし、現実でも柳生田さんが本当に覇王となりたがっているとは思えない。  あの強化合宿の淫らな集まりを思い返すと、ただ己の欲望を形にしているだけのような気がしてくる。  少し引っかかりを覚えていると、才明がわざとらしげに何度も頷いた。 「なるほど。貴方の気持ちが変わらない限り、志馬威が思い描いたことしか形にならないと……そして自分の忠誠は変わらないものだと信じて疑っていない、という訳ですね。真実をすべて知った上でなら、素晴らしく寛容なことですよ」 「……何が言いたいの?」 「あちらでは有名ですからねえ。あの方の男遊びは……好みの相手を呼び込んで、恩を売って弱みを握って食い散らかす。飽きれば容赦なく捨てる。それでどれだけの若者が道を狂わされたことか」  才明である仲林アナは、取材をする中で柳生田さんの事情を見聞きしてきたのだろう。自身で『至高英雄』の真実を調べていたから、その際に情報が耳に入ってくるのは自然の流れだ。  俺は知らないことだが、この『至高英雄』の真実をどちらの世界でも知った身としては、これは間違いないだろうと思う。だが、 「そんな見え透いた嘘をつくとは、軍師の肩書きが泣くね。志馬威様はオレだけを特別に見てくれる。他の役に立たない者たちに手を出すなど――」  鼻で笑いながら昂命が反論してくる。  あまりにまったく知らない様子に俺が呆然となってしまうと、こちらの反応を見て昂命が固まった。
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