意識の底での逢瀬

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意識の底での逢瀬

 まだ輪郭がはっきりしていなくても、体格と気配で誰かが分かってしまう。  なぜここに? と首を傾げたが、それよりも眠りについているはずの身体がひどく脈打ち、緊張しているのが分かる。  言いたいことが山ほどあるのに、どれも口にできない。  少しでも思いを漏らせば、心が崩れ落ちて何もできなくなりそうな気がして、俺はただ目の前の存在が鮮明になっていく様子を見つめる。  見慣れた顔と目が合い、鋭い目がフッと柔らかに微笑む。  たったそれだけのことで俺の喉に、嗚咽の気配が込み上げた。 「足掻いているようだな、誠人」 「……華侯焔」  今の俺は、意識の底での再会を喜ぶことも、怒ることも、嘆くこともできない。  どんな感情で臨めばいいか分からず佇んでいると、華侯焔は小さく吹き出し、俺に近づいてきた。 「どうして俺がここにいるのか、不思議じゃないのか?」 「……妙な感じはしている。だが、何度か白鐸がここに来ていたから、焔が来てもおかしくないとも思っている」  心の揺らぎを悟られないよう、声を硬くして答える。  それでも俺の心を見抜いたように、華侯焔は笑みを深くする。 「誠人を支えるために、白鐸に俺たちの精神を繋いでもらったんだ。もし無理をするようになった時、元に戻れるよう止めるために」  華侯焔の大きく強靭な手が俺の肩に乗せられる。  淫らな気を起こさせない、他意のない手。俺を見つめてくる眼差しは優しく、心配げに眉根が寄る。 「現実に戻らず、ゲームを続けるのは止めたほうがいい。本当に身も心も壊れてしまうぞ」  一瞬、裏切られる前の日々が戻ってきた気がして、このしばらくの間は悪い夢でも見ていたのかと考えたくなってしまう。  だが、もうこの身体は英正や才明を深く招き、心を通わせ合った。  俺の深淵を知っているのは、華侯焔だけではなくなった。  現実から逃げず、俺は華侯焔に対して首を振る。 「覚悟の上だ。覇者になって皆を志馬威から解放するまで、現実には戻らない。こっちで身につけた強さを消してしまう訳にはいかない」  最強の華侯焔に、保身を考えながら勝てる訳がない。犠牲は当然だ。  覚悟を目に宿していると、華侯焔の手が俺の肩から静かに離れた。 「……分かった。ならば俺は取り返しがつかなくなる前に、誠人を奪おう」  少し悲しげな笑みを浮かべながら、華侯焔も目に覚悟を灯す。  視線を熱く絡ませ、しばらく見つめ合う。  本当は誰にも邪魔されないこの場で、気が済むまで話をしたい。言いたいことも聞きたいことも山のようにある。  それでも頭の中に止めどなく言葉が浮かぶだけで、口には出てこない。  俺が今の華侯焔に言えることは、ただひとつ――。 「焔……俺は、負けない」  華侯焔がゆっくりとまぶたを閉じ、踵を返す。  一歩、ニ歩と俺から離れ、立ち止まる。 「……誠人……っ」  勢いよく華侯焔は振り返り、駆け出す。  俺に手を伸ばし、腕を掴んで自分の所へ引き込むと、深く口付けられ、吐息と熱が押し付けられる。  短く、長い唇の逢瀬。  薄く離れた時、間近で華侯焔と目を合わせる。  何か言いかけたが、華侯焔は言葉を飲み込んで俺に背を向ける。  次は足を止めることはなかった。華侯焔の姿は闇に消えていく。  その背を見送りながら、俺はひとり取り残された意識の闇の中で、拳を硬く握った。
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