打つ手は一つ

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打つ手は一つ

   ◇ ◇ ◇  身支度を整え、俺は才明と英正を従え、朝食を摂るよりも先に大広間へ向かう。  華侯焔の夢を見たせいで嫌な確信があった。  領主の椅子に座ると、現在の状況が把握できるようになる。いつもなら白鐸が素早く確認し、才明とともに手を打ってくれるのだが、まだその姿は見当たらない。  俺が自ら状況の報告を見ようとした時、虚空に赤いウィンドウが現れる。 『志馬威軍が領土内に侵攻中。兵三万。総大将・華侯焔』  驚きはしなかった。どれだけの脅威であったとしても、事前に来ると分かっていれば肝も据わる。  才明が俺の隣に立ち、ウィンドウを見上げながらかすかに笑う。 「兵三万ですか。志馬威は案外と節約家のようですね。まあ兵数よりも、一騎当千どころか人間最終兵器な御仁が本気を出す、というのが厄介なのですが」 「勝てる見込みは?」  俺の質問に才明が考え込む。即答で無理だと言われないほどには、まだ勝利の可能性はあるらしい。ほぼ無に等しいかもしれないが――。  しばらく小さく唸りながら考えた後、才明は独り言のように答えた。 「私たちが有利という点は、白鐸の加護にコンパウンドボウの弓部隊と、私や英正の合わせ技、鉄工翁の新しい武器に潤宇の援軍と資源援助……侶普も味方になってくれるでしょうし、羽勳や芭張が魔物たちと連絡を取っていれば有効な奇襲も考えられます。ですが……」  ふと才明が俺に顔を向ける。冗談めいた色はなく、眉間にシワを寄せ、厳しい現状を物語る。 「華侯焔が一刻も早い勝利を望むなら、単騎で我が軍を突破し、誠人様に手を伸ばして奪い取ってしまうでしょう。私の技で誠人様を無作為に移動させ、華侯焔から逃げる間に別部隊が志馬威を討つ……これが一番現実的で勝機が見込める手段でしょうね」  確かに俺と才明が離れずに行動し、華侯焔に捕まる前に離れた地へ移動すれば時間は稼げる。  だがそれは悪手だ。  俺はすぐさま首を横に振る。 「逃げの手は負け戦にしかならない。華侯焔は俺たちが逃げるなら、兵や将たちを殲滅し、領地を徹底的に破壊して街も城も消してしまうだろう。こちらの強みが一方的に消えるだけになる」 「……でしょうね。華侯焔が私を諸悪の根源として恐ろしい顔で睨みながら、隙あらば遠距離攻撃で即死させようと企む姿が目に見えるようですよ」  才明から乾いた笑いが聞こえてくる。逃げの戦略を取れば、必ずそうなるだろうな、と容易に想像できてしまう。  逃げることは負けにしかならない。  ならば打つ手はひとつ。  俺は側に控えていた英正に目を合わせ、声をかける。 「英正、俺と一緒に華侯焔を止めて欲しい。厳しい戦いになると思うが、ともに戦ってくれるな?」  合わせ技を使わずとも、誰よりも息を合わせて戦うことができる存在。  俺の頼みを聞いて、恐れや悲痛さよりも、英正の顔に歓喜の笑みが浮かんだ。 「喜んで! この命が尽きようとも、必ず誠人様を守り、戦い抜いてみせます」
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