打つ手は一つ

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 一切迷いのない英正の返事に俺が唇を綻ばせていると、才明から視線が飛んでくる。振り向くと、才明は少し残念そうに肩をすくめた。 「戰場で誠人様の隣に置いて頂けないというのは、正直悔しいですね」 「……すまない、才明」 「分かっておりますよ。私は軍師。後方で全体を把握し、勝利に導くための手を考え、お伝えしなければいけませんから」  軽く一笑してから、才明は表情を引き締め、拝手しながら恭しく頭を下げる。 「ひとまず有力な将たちに指示を出し、敵軍を迎え撃つための準備をして参ります。誠人様は英正とともに新たな武器の力を確かめ、華侯焔攻略にどう活かしていくかを考えて頂ければと思います」 「ああ。才明、頼りにしている」  早くやるべきことをしようと、俺が椅子から立ち上がりかけたその時。 「誠人様、失礼致します!」  顔を強張らせた表涼が大広間に駆け込み、慌ただしく俺の前にひざまずく。いつも余裕のある動きで色香を漂わせているだけに、彼の慌てた様子は珍しい。 「何かあったのか、表涼?」 「昂命の元へ朝食を届けようとしたのですが、部屋に結界が張られ、中に入ることができません。しかも顔鐡殿が一緒におられたままで、部屋から出ることが叶わぬ状態で困っております」  思わぬところで顔鐡の名が出てきて、俺たちは思わず目を見張り、顔を見合わせる。  一昨日、現実の志馬威の様子を知って動揺した昂命の様子を見るために、顔鐡を部屋に置いてきた。さすがにそこからずっと部屋に居続けている訳ではないだろうが、察するにこまめに様子を見に来ていたのだろう。  豪快な見た目によらない一面を再確認しつつ、事態に違和感を覚えて首を傾げてしまう。才明も同じくらしく、わずかに戸惑いを見せつつ表涼に尋ねる。 「異常事態なのは分かりましたが、少々話が見えてきませんね。まさか顔鐡が昂命に捕らわれて、人質になっているのですか?」 「いえ、それが……昂命が顔鐡の腕にしがみついて、『絶対に出さないから!』と子供が駄々をこねるようにしています」  ……待て。その二人に何があった?  事態の輪郭がはっきりとしてきたのに理解が追いつかない。  ただでさえ華侯焔の軍が近づいてきている最中で時間がないというのに。ここで余計な時間を費やしてしまう訳にはいかなかった。 「俺が様子を見に行く。だから才明は予定通りに戦いの準備を進めてくれ。英正は訓練所に行って、俺たちの武器を用意して欲しい」  俺の指示に才明と英正がそれぞれに頷いてくれる。  しっかり意思が通じたことを確かめてから、俺は立ち上がり、表涼とともに駆け足で昂命たちの元へ向かった。
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