懐きの理由

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懐きの理由

 昂命の部屋の前まで行くと、何人かの将たちが集まり、昂命に対して荒い声をぶつけていた。 「卑怯だぞ昂命、顔鐡を人質に取るとは! 今すぐおかしな術を解いて解放しろ」  扉の真正面に陣取っていたのは、ひと際大柄で胸板や太腿が厚い男――太史翔だ。目や眉が釣り上がり、厳つい強面に凄みが増している。  強く訴える太史翔に続いて、他の将たちが「そうだそうだ!」と言葉で追撃する。いずれも苛立ちの中に必死さが滲み、真剣に顔鐡を取り戻そうとしているのが見て取れた。  どうやら将たちに顔鐡は慕われているらしい。中でも太史翔は顔鐡を配下に置いていたこともあり、思い入れもあるのだろう。  俺が近づくと太史翔たちが気づき、勢いよくこちらに振り向く。 「おお、誠人殿! 来てくれたか」  一騎打ちに負けて領土を俺に取られたとはいえ、あくまで太史翔は客であり、配下ではない。華侯焔が去った今、ここで俺に敬語を使わずに話しかけてくれる貴重な存在だ。  俺は頷いて見せると、太史翔の隣に立って昂命の部屋に顔を向ける。  扉は開かれており、魔法の結界で薄い白濁の膜が張られているものの中の様子がしっかりと分かる。  どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべながら顔鐡の腕にしがみつく昂命と、当人も現状がよく分かっていないらしく困惑気味の顔鐡。  俺と目が合った途端、昂命の口端が小生意気に引き上がった。 「やあ、お可哀想な領主サマ。主戦力の将をオレに奪われて困ってる? 志馬威様が侵攻しているのは分かっているよ。もう終わりだね。いい気味だ」 「困ってはいるが……顔鐡を人質にしているようには見えないんだが」  素直に俺が戸惑いを口にすると、昂命は目を細め、笑みに意地悪な色が加わる。 「欲張りだなあ君は。顔鐡も手籠めにしているワケ? 男を何人もたぶらかしている君になんて返さないよ。気に入ったからオレのものにするから」  ……本当に何があったんだ?  異常な懐きっぷりに困惑しながら顔鐡を見ると、心から戸惑ったように眉間が寄った。 「私もなぜこうなったのか分からず……ただ昂命殿の愚痴を聞いて、泣かれた時には背を撫でて宥めただけですが」  顔鐡が話す最中、表涼が俺の隣に来てこそりと耳打ちする。 「どうやら人の愛に飢えていたようですね。私も新参の将と打ち解けようとした時、顔鐡殿と同じことをして私にのめり込んでしまった者が何人もおりました。皆、口を揃えて『親にも優しくされたことがない』と言ってましたよ」
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