懐きの理由

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 そういえば、昂命は志馬威と出会うまでは不遇だったと聞いている。  加えて志馬威から良いように利用されているような印象を受ける。動揺したり苦しんだりした時に、寄り添ってもらえたことがないかもしれない。  思わずジッと昂命を見つめていると、勝ち誇った笑みで見返された。 「何か文句でも? オレは志馬威様の軍が来るまで、ここで過ごさせてもらうから。食事はちゃんと用意してもらうよ。顔鐡を飢えさせたくないでしょ?」  確かに味方である顔鐡はもちろん、捕虜である昂命も飢えさせる訳にはいかない。  暴れられないだけ良いのかもしれないと考えていると、おもむろに表涼が部屋の結界に近づき、優美な手を伸ばした。 「結界はオレにしか解けないよ。どうにかしようなんて考えないほうが――」 「……なるほど、才明様が教えて下さった通りですね。目に意識を集中させると、魔力の継ぎ目や綻びが見えます。この辺りなんか、指で押したら解けそうな……」  ブツブツと言いながら表涼は人差し指で結界に触れる。  すべてを弾くはずの結界に、表涼の指が穴を突くようにスッと入り込む。  そして指を下げると――スゥゥゥゥ、と結界が割れて穴が開いていった。  まったく予期していなかったのか、昂命の目が大きく見開かれた。 「な……っ!? そんなにあっさりと結界を破るなんて!」 「フフ、私も驚いていますよ。こんな力が私に備わっていたなんて……やはり私は特別な存在なようです」  驚いたと言いながらも余裕のある表涼の態度に、才明が重なって見えてしまう。もしかすると交渉事を才明から教わったのかもしれない。  これも華侯焔攻略のために才明が打った一手なのだろうか。  ただ向き合って戦うしか考えられない俺に、才明や表涼のような存在の支えは本当に心強い。  内心感謝を覚えていると、表涼が首を捻って俺を見た。 「領主様、いかがなさいますか? どのようなご意見でも従います」  涼しい顔をする表涼とは対象的に、結界が通じないと知って昂命は悔しげに顔をしかめる。  周りでは太史翔たちが殺気立ち、俺が昂命を取り押さえて顔鐡を救う命を出すのを待ち構えている。  渦中の顔鐡は、瞳だけを動かして俺たちや昂命を交互に見て、どうすべきかと考えているようだ。  顔鐡の様子に気づいた瞬間、俺は小さく頷いた。 「皆、思うことはあると思うが、昂命の件は顔鐡の判断に任せたい」  ザワ、と。この場にいる俺以外の人間が驚き、動揺を見せる。  一番驚いていたのは昂命だった。
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