懐きの理由

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「何考えてるの? ああ、もう負けるから投げやりになって、顔鐡に押し付けたんだ。器が小さいね」  自分が理解できる理由を見出して安堵したのか、昂命は嘲りの笑みを浮かべながらもホッとした様子を見せる。  しかし俺は首を横に振る。 「いや。顔鐡に何か考えがあるようだから任せたいと思った。頼めるか、顔鐡?」  話を振られて顔鐡は目を泳がせたが、すぐ覚悟したように俺を見据えた。 「承知しました。つきましては昂命殿と落ち着いて話をしたいと思いますので、人払いをして頂けると嬉しいのですが」 「そうだな。こんな状態では話せないな……みんな、戦に備えて準備を進めてくれ」  周りを見渡しながら告げると、将たちは顔を見合わせてざわつく。  何か言いたそうに太史翔は唇をまごつかせていたが、俺と顔鐡を見交わし、大きな息を吐き出した。 「誠人殿がそう判断されたなら従うしかあるまい。さあさあ、忙しくなるぞ。志馬威の下につくなぞ御免だ。俺も微弱ながら戦うぞ」  大げさに腕まくりをし、昂命に背を向けて去っていく太史翔を見て、他の将たちも我に返ったように動き出して散っていく。  残った表涼が「では、私も羽勳とともに準備します」と一礼して立ち去り、俺も英正の元へ向かおうと一歩踏み出した時。 「……正代誠人。本当に志馬威様に勝てると思っているの? 華侯焔に裏切られて、今から攻められようとしているのに」  掠れた声で昂命に尋ねられ、俺は振り向いて答える。 「勝てるかどうか、じゃない。勝つしかないんだ」 「勝てる見込みがなくても?」 「見込みはある。勝つための道も、材料も、最初から与えられていたんだ。俺はそれに応えるだけ」  この『至高英雄』の世界と仕組みを作り上げた創作者であり、プレイヤーの監視を続けてきた昂命が、俺の言葉に顔をしかめる。  俺の言っていることが分からない。  それはゲーム内で華侯焔たちが昂命の耳に警戒を続け、真の意図に気づかせない努力が実っていたことの証だ。 「俺は、これまで俺を支えてくれた者たちを信じている。だから顔鐡の意思を尊重することも、才明たちの力を頼ることもできる。あとは俺が死力を尽くすだけ――」  思わず俺は、胸の奥から込み上げてくる熱のままに拳を握る。  そうだ。疑うだけ弱くなるしかない。  だから俺を引き返すことのできない身体にしたんだ、あの人は。  どれだけ心を揺さぶられても引くことがないように。  圧倒的な不利な状況の中でも勝ちを見出し、手を伸ばせるように。  何があっても寄り添う覚悟をしながら、俺を――。 「悪いが失礼する。顔鐡、昂命を頼んだぞ」  呆然となっている昂命に背を向け、俺は外に向かっていく。  一歩進む度に闘志が宿り、俺の全身を熱くする。  時間が進むほどに戦いが近づくというのに、恐れや不安を戦いたい欲が呑み込む。  誰もいない廊下で、俺は小さく呟いた。 「……信じているからな、華侯焔」
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