25 ロイツの悪知恵

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   *  晶霊族のすみかとなっている森の中央。氷山のような巨大な精霊結晶が、あわい虹色の光をはなちながらそびえ、そのまわりを背のたかい樹々がかこっている。苔むした樹の根に地面はおおいつくされ、根と根のあいだの窪地には透明な水がたまり、ちいさな池をつくっていた。あちこちから水がわきだし、ちょろちょろと音をひびかせながら沢をながれている。  その沢のちかくに、蔦と苔におおわれた、ひらたい岩があった。岩の上には、鳥かごがおかれていた。みごとな細工がほどこされた銀の鳥かごの中に、晶霊族の女王ルゼリアはとらわれていた。  白い花の冠をのせた金の髪は、自身の背丈よりながく、光の加減でかすかに緑色の光彩をおびる。十歳前後をおもわせる、おさない見た目のルゼリアは、しかし、紫色の瞳をするどくひからせていた。  彼女の視線のさきには、ひとりの碧妖族(へきようぞく)がすわっていた。緑色の身体はがっしりとしており、こげ茶の髪と髭はみじかくととのえられている。牛のような耳には、鳥の羽と獣の角の耳かざりをつけ、袖のみじかいシャツの上から革の衣をまとい、革の手甲をはめ、板金をぬいつけたブーツをはいている。無骨な見た目とは裏腹に、瞳は怜悧そうな光をたたえており、どこか武人のような風格があった。  岩のそばに、片膝をたててすわった碧妖族は、森でとれる樹の実や、風守の谷からのおそなえものである食料を、黙々とたべていた。ときおり、晶霊族が食料をはこびこんでくるが、碧妖族は彼女たちにはなしかけることもなければ、目をむけることもなかった。 「――いつまでこうしているつもりだ?」  するどい視線をむけたまま、ルゼリアはたずねた。しかし、碧妖族はちらっとルゼリアをみただけで、なにもこたえなかった。 「目的はなんだ? なぜ、このようなことをした? その鎚を、どうやって手にいれた?」  ルゼリアは、岩の上、ルゼリアをとらえている鳥かごのわきに、なげすてられたようにおかれた黒い大鎚をみた。碧妖族は、大鎚を横目でみたが、やはりルゼリアの質問にこたえてはくれなかった。  この状態が、ずっとつづいている。碧妖族はルゼリアを鳥かごの中にとじこめたあと、巨大な精霊結晶のまわりをぶらぶらとあるき、自然にはがれおちた結晶の破片をあつめるだけで、結晶そのものを破壊しようとはしなかった。  晶霊族がはこびこんでくる食べ物をたべ、腹がふくれれば、岩を背もたれにすわり、頭から布をかぶってねむる。たまに鳥かごをもって森の中をあるきまわるが、とくになにもすることなく、しばらくしてここにもどってくる。  そのあいだ、ルゼリアは何度も碧妖族の目的をたずねたが、彼は口をとざしつづけた。  もう一度、質問をなげかけてやろうとルゼリアが口をひらきかけたとき、数人の晶霊族が、あらたに食料をはこんできた。不安と恐怖をいっぱいにたたえた表情で、彼女たちがはこんできたのは、一万年のあいだ、かかさずささげられてきた、風守の谷の供物だった。  薄茶色に乾燥した蔦であまれた籠にはいっていたのは、おおきな燻製肉、ふとい腸詰肉、表面に精霊語で「パティリエール」の焼き印がされたホールチーズ、うれた果物、日持ちするようしっかりやきしめられた木の実の焼菓子、そして緑色の瓶にはいった飲み物。
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