――天地をつらぬく巨樹のふもとで――

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   *  ――ロンディアル暦二九三〇年、獅ノ月(しのつき)の八日。  アウンダール(世界)の西の果てにある大地を樹州(じゅしゅう)という。その樹州の北西部に、濃い霧におおわれた深い森がひろがっていた。  精霊の氣によってうみだされた霧は、長い間、人々の目から森をかくしつづけてきた。ところがこの日、ふたりの若い女性が、この森にはいっていった。  ふたりはフードつきの白いマントで身体をすっぽりとおおい、濃い霧がたちこめる森を黙々とすすんでいった。樹々は太く高くのび、こずえは空をおおいつくしている。  しばらくすると、どこからか赤ん坊の泣く声がひびいてきた。ひとりがそれに反応して、あゆみをはやめた。  そこはひらけた草地になっていた。中央には、竜巻のようにねじれた幹をもつ、大きな樹が一本、周囲の樹々を凌駕するほど高く屹立(きつりつ)していた。その大樹をみて、女は驚愕したように息をのむ。見覚えのある形の樹だったからだ。静かにあとをおってきたもうひとりの女も、わずかに目を見ひらいた。  大樹にちかづくと、太い根にいだかれるように、純白の布につつまれた赤ん坊がいた。  女はそっとちかづき、赤ん坊をだきあげた。泣きつづける赤ん坊をあやすようにゆすり、もうひとりをふりかえった。 「この子が?」 「そのようだね」  女の問いに、もうひとりはうなずいた。フードからはみだした白い髪が、かすかにゆれる。 「その子から『彼女』とまったくおなじ気配をかんじる。間違いない……」 「あなたの予言したとおとりですね」  もうひとりは、ふっと笑みをうかべた。 「私の予言、というより、〈あの子〉の宣言通り、といったほうがただしいね。私は〈あの子〉の言葉がただしいかどうか、占ったにすぎない。それより、きみは、その子をどうするつもりだい?」 「そだてます」  女は迷いなくこたえた。もうひとりは、青みをふくんだ白銅色の瞳を、すっとほそめた。 「その子はたしかに、〈彼女〉と同じ氣を宿している。しかし、その子は〈彼女〉とはまったくの別人だ。どうやら、性別もかわっているようだし……」  え、と女はかかえていた赤ん坊に目をむけた。そっと赤ん坊の下半身にふれ、二、三回またたいた。それをみて、もうひとりは静かにわらった。 「それでも、その子をそだてるのかい?」  女は深くうなずいた。 「五千年の時をへて、〈あの子〉が、私にたくしたのです。この子が〈彼女〉であろうとなかろうと、関係ありません」  そうか、とひとりはつぶやいた。女にちかづき、彼女のはおっていたマントのフードを、そっと後ろにおろした。白銀に輝く長い髪が背にたれ、長くとがった耳と、深い(あお)の瞳をもつ美しい顔があらわれる。彼女の頬を両手でつつむようにふれ、ひとりはいった。 「ティアレンヌ・アールヴェルグ。〈(えん)〉を司る我が権能をもって預言しよう。その子の未来が、幸福にみちていることを」 「感謝します。レアルタ……」  ティアレンヌは礼をするように目をふせ、レアルタは目をほそめて微笑んだ。  ティアレンヌの腕にいだかれた赤ん坊が、再びぐずりはじめた。ティアレンヌとレアルタは顔をほころばせ、赤ん坊をあやすようにわらいかけた。赤ん坊はくりっとした黒い瞳でふたりをみつめ、やがて目に涙をうかべたまま、へらっとわらった。  その瞬間、森をおおっていた霧がはれた。空をおおうこずえのわずかなすきまから、昼の日の光がななめにさしこみ、地面のいたるところにはえている結晶が、淡い光をはなって森をてらした。 〈縁〉を司る運命神レアルタによって、この森は、「霊霧(れいむ)の森」と名づけられた。
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