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「奈那」
会計を終え、帰り際に相馬に呼び止められた。
「連絡先、変わってるでしょ。教えて。」
「え・・・」
「ほら。」
と自分のポケットからスマホを出す。言われるがままに、奈那もスマホを出して、番号を交換する。操作しながら、相馬が尋ねる。
「・・・何日までこっちいるの」
「えと、4日に帰る。」
「ん、わかった。・・・仕事終わったら連絡するわ。」
微笑んで手を振る。昔から、ほんと見た目はいいんだから、と手を振り返す。
「奈那、相馬君と仲良かったんだ?」
「あ、部活つながりで」
「ああ、なるほど。」
奈那は女子バレーボール部、相馬は男子バレーボール部で、練習場所の調整やお互いの応援で、一緒に過ごすことが多かった。奈那は、高校に行ってからバレーボールは辞めてしまったが、相馬は続けていた。
別々の高校にはなってしまったが、相馬とは連絡を取っていた。当時、奈那は相馬に片思いをしていたから、試合があると聞いたときは、こっそり応援しに行っていた。
高校2年の時、とある試合を見に行ったときのことだった。いつになく乱調で、冷静さを欠いている様子が気になっていた。いつもは、こっそり応援にいくから、黙って帰るのに、その日は、駅で相馬が帰ってくるのを待っていた。
5時まで待とう、と決めて、改札口の見えるファストフードの店に席をとった。
そうしているうちに、5時を過ぎた。あと、電車1本分だけ、と思ったとき、相馬が改札口から出てくるのが見えた。急いで片付け、店をでて相馬を追う。
「相馬っ・・・」
後ろから声をかける。
「ああ、二木・・・」
振り返って、力なく笑う。
「おつかれ。」
「あー、疲れた。今日は疲れたわ。」
「試合・・・だよね。」
「うん。」
家までの道を、並んで歩きながら話す。
「元気、ない、ね。」
「そりゃ、負けちゃったからね。」
しばらく、二人とも黙ってただ歩く。
「まー、フラれたら、そりゃ元気もないだろ。」
相馬が他人事のように言い放った。
奈那はショックを受ける。
「振られたの・・・、相馬。」
「うん。彼女に、もう別れようって言われた。昨日。他に好きな人ができたんだってさ。」
彼女。昨日。いろんなキーワードが流れ込んできて、奈那はフリーズする。
「・・・あれ?・・・なんで二木がショック受けてんの。振られてやんのー、って笑うとこだろ。」
相馬に言われて、奈那ははっとする。
「あは、それであんなに乱調だったのか~。」
なるべく明るい口調で言葉にしたが、とりつくろうとして、つい口を滑らせてしまった。
「・・・見てたのか。」
相馬は恥ずかしそうに顔を奈那とは反対の方へ向ける。奈那も失言に気付いて、真っ赤になってうつむく。沈黙が続くなか、家への別れ道で、相馬が口を開く。
「・・・うち、来る?」
奈那はうなづき、ついていく。
家には、誰も居なかった。両親ともに仕事で遅くなるから、と言われ、相馬の部屋へ案内される。
飲み物を出してくれ、少しだけ待ってて、と言われ部屋で腰かけて待っていると、Tシャツとスウェットに着替えた相馬が戻ってきた。隣に座った横顔を見ると、髪の毛が濡れていて、少し石鹸の香りがする。シャワーをあびてきたのだろうか、と思った。
何を話そうか、と頭を巡らせるが、言葉が出てこない。試合の話も、彼女の話も傷口に塩を塗るようなものだし、それ以外で共通の話題は、と頭を巡らせる。
「そうだ、相馬は・・・進路は、もう決めたの?」
「まあまあ。親の後を継ぐつもりだから、経営学部とか・・・。あとは、学生の間くらいは地元離れるのもいいかなって。二木は?」
「私?私は・・・あんまり考えてない、実は。大学は行きたいと思ってるけど・・・どっか入れればいいかな、って程度。」
「なんだよ・・・人に聞いといて。」
相馬がクスリと笑う。その笑顔に、奈那はうれしくなって頬が染まる。相馬の声が、少し低くなる。
「二木さ・・・」
「な、何?」
「・・・彼氏、いる?」
「えっ・・・。い、いない。いないよ。」
自分の想いがバレたのだろうかと焦りながら、全力で否定した。
「そう・・・。」
相馬が手をついて、奈那のほうへ体を近づけた。奈那が思わず身を固くして目を閉じると、唇になにか触れる感触がする。まさか、とうっすらと目を開けると、相馬の顔が目の前にあった。
嘘・・・。心臓が音を立てる。相馬の唇が、奈那の唇を挟み込むように動き出す。目を閉じて、相馬のされるがままに任せていると、唇が離れた。
「二木の下の名前・・・なんだっけ。」
「なな・・・。」
うつろな目で問いに答えると、相馬が奈那の顔を両手で挟み込むように支える。
「奈那・・・」
甘く名前を呼ばれて、更に心臓が跳ね上がる。再び唇を重ねられて、奈那はうっとりと目を閉じた。
そのとき経験したこと、全部が奈那の初めてだった。そのあと、家に帰ってから、夢なのか、現実なのか、ふわふわとした気分だった。が、一晩明けて翌日、急に恥ずかしくなった。恋人でもないのに。付き合おうって話したわけでもないのに。
相馬からも、連絡はなかった。どういうつもりだったのか、確認することもないまま、地元からは離れた大学に進学し、就職して、今に至る。
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