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帰省から戻る日は、克之のところで夕飯を食べようと約束していた。実家を出発し、予定よりも2時間ほど早く最寄り駅についた。克之に連絡したが、返信がない。駅まで迎えに来てくれるという話だったのに・・・と思いながら、慣れた道のりを克之の家に向かう。途中、スーパーに寄って、克之の好きなハンバーグにしようか、と夕飯のメニューを考えながら買い物をする。
買い物袋をもって、再び克之の家への道を歩く。もう到着しようかというところで、克之から着信が入っていることに気が付いた。
「はい?」
「奈那・・・今、どこ?」
克之の声が、少し焦っているように聞こえる。
「今?もう着くよ。」
「えっ?」
もう、克之の家のドアの前だった。扉が開く。
「奈那・・・」
克之が、扉を開けた。中にもう一人、知らない人がいた。靴を履いて出ようとしているところだった。奈那は通話中だった電話を切る。
「え・・・と。お客さん?」
克之は後ろを振り返る。なにかぼそぼそと話している。
「あの、お客さんは、こちらです。」
そういって、奈那の脇をすっと通って、帰ろうとする。
「え、ちょっと・・・」
「私、仕事で来ただけなんで。」
そういって帰ってしまった。
「仕事って・・・?会社の人?休みなのに?」
奈那は嫌な予感がして、声が震える。
「中、入って。」
奈那のもつ荷物を取り、中に入るよう促す。
「やだ・・・。ここで、話して。仕事って、何。」
「近所迷惑になるから・・・ドアの中だけでも、入って。」
そういわれて仕方なく玄関に入る。靴を脱がずに、もう一度、克之を問いつめる。
「仕事って、何。」
克之は、言いにくそうにうつむき、ぼそりと吐き出す。
「あの・・・。風俗の、人。」
奈那は頭を殴られたような衝撃を受ける。浮気相手かと思っていたら、風俗の人?仕事って、そういうこと・・・?
「ほんと?」
「ほんとに、プロの人だよ。家に来てくれるサービスがあるんだよ。」
奈那は聞いたことのある単語を思い浮かべる。
もし、本当だとしても、自分が・・・彼女が来る、といっている日に、呼ぶようなことをするだろうか。ふつふつと、怒りが沸いてくる。プロでも、浮気相手でも、もうどちらでもいい。
「いままでも、こういうこと、してたんだ。」
克之は、うつむいたまま、ボソリと告白した。
「奈那相手に、できないようなことを、してもらってたんだ・・・」
頭がガンガンする。彼女にしてもらえないようなことって?もう、考えたくなかった。
克之は、いつも優しくて、奈那のことを一番に考えてくれて、少し気が弱いけど、奈那にぞっこんで・・・浮気なんて、絶対ありえないタイプだと思っていた。が、プロの人を家に呼べるくらいの度胸は持っていたんだ。
「ごめん、私は、無理だ。」
「奈那・・・」
克之は泣きそうな声を出す。そんな声を出すくらいなら、どうしてよりによって、今日、呼んだ?せめて、昨日、済ませておいてよ!・・・そう怒鳴りたくなる気持ちを何とか押さえて、奈那は絞り出すように言った。
「もう、ここには来ない。じゃあ。」
ドアノブを回して、外にでる。
克之が奈那の名前を呼ぶ声がしたが、振り返らず、さっき来た道を駅へと足早に歩いた。
縁談、調わなかったよ。
今年のおみくじは、外れたかなと思い返す。
慌てなければ叶う、って。もっとゆっくりくればよかったってこと・・・?
涙は出なかった。悲しみよりも、怒りの感情が奈那を支配していた。
家につくと、克之から、着信とメッセージがいくつも入っていた。見る気も起こらない。今日は、もう片付けて寝てしまおうと荷物を開く。克之が好きだからと買ってきたお土産の和菓子が一番上にあった。
「これ・・・私はそんなに好きじゃないんだよね。」
明日、会社で配るか、と通勤バッグの横に置く。そういえば、帰省する前に冷蔵庫を綺麗にしたから、今食べるものがない。克之の家で一緒に夕飯を食べるつもりだったから・・・。
仕方ない、コンビニでも行くか、と財布を持って家を出る。
コンビニまでの道を歩いている途中、またスマホの通知が光る。うるさい、と手に取ったら、表示されていたのは相馬の名前だった。
「・・・もしもし」
「よう。もう、帰ったのか。」
「うん、もう自分ちだよ。・・・これから夕飯買いに行くところ」
つい、奈那はため息をついてしまう。
「・・・ちょっと、待ってろ。」
「なんで?」
「俺と一緒に、飯食おう。」
「もう、私、実家じゃないよ。」
「うん、これから行くから。」
「これからって・・・一時間以上かかるよ。」
「もう、そっち向かってるから。車で。」
今日は、もう突っかかる気力がなかった。
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