結末の先へ

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 何故だろう……見たことがあるこの景色。大きな何の変哲もないビルを見て思う。変わっている所があるとすれば、もう見なくなったビルに付随している外階段程度だろうか。辺りはやけに耳障りな音が多くて、同じ髪色、同じ服の無個性な人間達が行き来している。  ――ん、っていうかこの世界は、元の世界? 見回すが俺がさっきまでいた世界の欠片はどこにもなかった。え、リピーテル王国は? 仲間は無事なのか? 魔王はどうなった? もしかして夢? 沢山の疑問が頭の中を錯綜する。ちょっと一旦整理させてくれ。  俺は身に覚えのない事故が原因でリピーテル王国に勇者として召喚された。元の世界の俺は将来に生きる活力を見いだせず、自堕落な生活を続けていた。親とは何年も顔を合わせてなく、友達もいないので勇者になって冒険するということには本気になって向き合うことが出来た。勇者として幕開けした第二の人生では全属性の魔法が使え、剣を生き物のように使いこなす唯一無二の存在だった。そして仲間と苦難を乗り越え、魔王に剣を突き刺した――  その瞬間の次に待っていたのがこれである。そんなはずが無い。確かに俺はリピーテル王国で過ごしていた。ヒバリがすぐにボタンを押すせいで洞窟の罠を発動させて大変だったことやナユタが精霊に一目惚れして、今も恋心を抱いている事。全部鮮明に覚えている。  うん、そういう事か、分かったぞ。恐らく魔王が生きていて、幻術か何かを使って俺を罠に嵌めようとでもしているのだろう。騙されるものかと少し笑って、手を天に高らかと掲げて、大声で呪文を唱える。しかし、何も起きた様子のない空間が広がっている。それどころかクスクスと笑い声まで聞こえ、ゴブリンでも見てるかのようにこちらに向けられる視線には嫌悪感が込められていた。  急にブワッと汗が吹き出してくる。恥ずかしさからではない、得体の知れない恐怖からである。汗は毛穴から出てるという事を感じさせるような一瞬だった。  まさかホントに……戻ってきてしまったのか。腰が抜け、その場に倒れ込む。どれだけ呪文を唱えても変化はない。文字にはならないような雄叫びをあげる。自然と涙が溢れてきた。戻る方法は無いんだろうか。 「おいおい、兄ちゃんそんな所で……話聞いてあげるからこっちにおいで」  優しそうなおじさんが話しかけてくる。それでも身体が震えて立てなかった俺に肩を貸してくれる。目は涙で溢れ、どこへ連れていかれているのかも分からなった。扉を二回開ける音が聞こえ、ようやく泣き止んで顔をあげるとそこには時計と地図が書いてある小さい机が一つ。質素な作りの部屋だった。 「何があったんだい?まだ若いから悩み事はいっぱいあるだろう。話してみないかい?」  そんなおじさんの優しい声で俺は言葉に詰まりながらも今まであったことを全て話した。そこには俺の全てが詰まっていた。辛かった事、嬉しかった事、悲しかった事。全部この世界では経験できないような事だった。  おじさんは何時間も俺の話を相槌を交えながら聞いてくれた。馬鹿にする様子はなく、凄いなぁと褒めてくれる。この話を理解してくれるだけでも救われた気がした。俺が落ち着くと語りかけるようにおじさんが言う。 「おじさんも昔はヒーローみたいなのに憧れていたんだ。だからこそ今、警察官やってるんだけどね。君はまだ若いんだ。ゲームも楽しいかもしれないが……」  そこから先はあまり覚えていない。確か、夢を持てばどうのこうのだった気がする。急に今までの優しい対応が警察の事務的なものに感じてしまった。  すいません、ありがとうございましたと呟いて薄暗くなっていた外へと飛び出した。結局、理解してくれる人なんて居ないことに気づいてしまった。それもそうだ、今までこんな事例がなかったんだから。  俺は同じ疑問をいつまでも頭の中で問いつづけた。しかし、いつまで経っても疑問のままだった。  そんな考え事をしていると、この世界に帰ってきた時の場所に戻ってきていた。夜になったがビルと街灯の明かりで眩しい。月明かりで生活していた夜を思い出して、また感傷に耽る。もう涙は出なかった。  ふと悪い考えが頭をよぎった。この考えが良くないのはわかってる。失敗すれば人生が終わってしまう。だけどこの世界には俺が居なくなって悲しむような人はいない。なら試してみる価値はあるんじゃないのか。  ビルの光に吸い込まれるように入っていった。外階段に繋がる裏口は入って右側にある。俺は一目散に向かっていった。運良く鍵はかかっていない。神様が味方しているみたいにトントン拍子で事が進んでいく。  懐かしい感じのする夜景が綺麗な屋上だった。こんな景色は向こうでは見られないだろう。最後に目に焼きつけて、一つお願い事をする。全く躊躇していないといったら嘘になる。でも俺は勇者だ。ドラゴンの攻撃にも耐えてきたし、精霊をも味方につけた人間だ。そして俺の帰りを皆が待っている。  そして柵を乗り越え、大空へと羽ばたいた。  
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