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「ハア」
僕の口から自然と溜息が漏れてくる。平日の朝から、自宅で引きこもっているのだから仕方ないか。窓から見える鳳山中学の景色も、何時もと大した変化は見当たらなくて退屈だし。
兄弟や家族はそれぞれ、学校と仕事で家を留守にしているので、一階のリビングでくつろぐことも可能だ。でも、今日は一日パジャマのまま、自分の部屋で過ごすことに僕は決めたのだ。
「今頃、どんな授業をしているのだろう?」
と普段なら鳳山中学の景色が目に入るたび、同級生と学力面でどんどん差をつけられている現状に、僕は凹んだりする。
――でも、今日の僕は違うのだ。
明日から再び、僕は学校に登校することにしたのだ。きっかけは……まあ、色々だ。ひいきにしているアスリートの活躍や、ユーチューバーの発言に勇気付けられたりもした。でも、自分の意志が一番大切だ。結局は自分の両足で立ち上がらなきゃ物事は進んでいかないのだ。これが一年以上、引きこもり続けた僕なりの真理だ。
明日はどんな景色がみられるのだろう。正直、不安だらけ――だからこそ、しっかりと自室でシミュレーションしておくことに僕はしたのだ。
――何せ、クラスには『アイツ』がいるのだ。
アイツとは井尻のことだ。井尻は日焼けした肌が特徴的で、ガッチリした体型をしている。――一年前も同級生であり、僕を不登校に追いやった張本人だ。
一年前の四月、僕はあの鳳山中学校に入学した。父の転勤によりこの地に引っ越してきたので、当然、友達が誰一人もいなかった。なので、第一に友達を作っていこうと思っていた。その矢先に、井尻と同じクラスになってしまった。出鼻をくじかれたどころではなかった。井尻は僕にとって、最低最悪な存在だった。
細かい理由は分からないが、入学して早々に、僕は井尻のからかいの対象になった。気の弱い僕は、どんな汚い言葉を浴びせられても、ただ貝のように黙って耐えることしかできなかった。そうしていく内に、からかいはドンドンとエスカレートしていき、完全にイジメの範疇になった。机に落書きされたし、教科書を地面に落とされたし、上履きを隠されたりもした。こんな仕打ちを、井尻を中心とした数人のグループにされ続け、入学から約一か月で僕は心の臨界点に達してしまった。一体、僕の何がそんなにも気に入らなかったのだろうか。単にストレス発散をするサンドバッグが欲しかっただけなのだろうか。――やめよう、嫌な過去を振り返るのは。それより、これからのことを考えなくては。
僕は明日から再び中学に登校する予定なのだが、恐らくは再び、井尻からそういった対象にされるだろう。周りのクラスメイトや担任も、一年前と同じようにそういった行為を見て見ぬふりをするだろう。――それでも、僕は決めたのだ。耐え抜く、と。
確かに僕の中学生活は充実したものではない。でも、それは今だけであって、これからも充実した生活を送れないわけではないのだ。高校は井尻のいない所を選べばいいし、そこでしっかりと勉強して、いい大学に通えばいい。大学卒業後は人の役に立てる職に就きたい。そして、最終的には井尻のことを心の中で笑い飛ばしてやるのだ。――あの頃は君に負けていたけど、今は違うのだぞ、と高らかに。
そのためには残り二年、僕は何とか井尻の壁を乗り越えてみせる。そして、更なる高みに上るのだ。
――井尻よ、僕はもう君には負けないぞ。
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