慈恩にキュンです

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私はあまりの緊張と恐怖で大きな声を出してしまった。 そして、それより何よりも振り返った御曹司の顔に目を奪われている。 薄暗い年季の入った図書室の窓辺はほんのりと温かく、まるで現代とは思えないノスタルジックな空気が漂っていた。 その雰囲気に飲まれてしまっているのかもしれない。 私を見つめる厳しい瞳は幕末の志士を彷彿させる。 ちょっとだるそうに、そして馬鹿にした風に微笑むその皮肉な顔に、私は勝手にドスンと恋に落ちてしまった。 「この格式高い旅館に、簡単に遅刻する残念なスタッフがいるなんて思わなかった」 「…すみません」 色々な感情が入り混じって、声が恥ずかしいほどに震えている。 「初めての事? それとも何回かしてるとか?」 私は泣きそうになった。 入社して間もない頃、熱が出て一回だけ遅刻した事がある。 でも、その時は、逆に周りのスタッフは出勤してきた私を褒めてくれた。 だけど、そんな事ただの言い訳にしか過ぎない。
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