泡沫の情人

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 最近、ようやく近隣の小学校に勤める事が決まっていた。  この土地で暮らすと決めた以上は、生活の基盤をきちんと整えておきたいと思っていただけに、また教員として働けるのは有難い事だった。  その報告も兼ねて、兵藤はこうして今この場所にいる。  この数年ですっかり、人生の荒波を味わったような心持ちがしていた。  だが今は、波打つ姿は見えずとも、照り返しに光り輝く海面こそが、自分の今の心持ちを表すように穏やかに映る。  ふと、テンッという甲高い音が聞こえ、兵藤は振り返る。と、同時に奏でられる懐かしい友の愛した曲に、兵藤の頬は自然と緩んでいた。 「佑月」  いつの間にか背後にいた佑月の姿に、兵藤は驚きながらも穏やかに迎え入れる。  佑月は口元を緩め、穏やかに微笑みながら撥を叩く。  軽やかな音が静かな墓地に響き渡り、風に溶けるように宙を舞う。  しばらくは互いに黙ったまま、その音色に身を任せた。 「今日で三回忌になるのか。早いものだな」  音が鳴り止むと、兵藤はそう呟いた。  目の前の墓石に目を向け、兵藤は親友を悼む。 「ありがとう。わがまま聞いてくれて」  兵藤の隣に立った佑月が、墓石を見ながら呟く。 「別にいい。俺もそうするべきだと、思ったからな」  泉田をこの場所にも埋葬したいと言い出したのは、佑月だった。  その願いを叶えるべく、兵藤は泉田の家族に頭を下げて、遺骨を分けてもらっていたのだ。
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