泡沫の情人

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 だが、そんな彼を易々と放っておく人間は少ないはずだ。泉田だけでなく、他の男も佑月に惚れ込んでいることもあり得るのだ。そう考えると、すでに何人もの男を抱え込んでいてもおかしくはない。  やはり早いうちに目を覚まさせるべきだと、お猪口に口をつけながら兵藤は思い悩んだ。  しばらく黙々と酒を飲んでいると、泉田が鼻を赤くして戻ってくる。 「雪が降ってるのか?」  着物の袖口に腕を入れて身を竦めている泉田に、兵藤は問う。 「いいや。降ってはないよ。だけど、冷えることには変わりないよ」 「君は馬鹿だ。上を羽織ってけば良かったのに」  泉田は思い当たらなかったとばかりに、「確かにそうだ」と呟く。 「随分と色惚けてしまったようだが、大丈夫か? 確かに彼は魅力的かもしれないが、他にも相手がいるかもしれないだろ」 「彼はそんな、ふしだらな子じゃない。確かに人気はあるけど、誰にでも気を許す子じゃないんだ」  少し憤りを滲ませ、泉田が荒々しくお猪口を煽る。今は何を言っても聞き入れてはくれないと、兵藤はここは引き下がる事にした。  親にしろ学校の生徒や教師にしろ、人間を説得することがどれだけ苦心を強いられるか、身をもって知っているからだ。  しばらくは互いに黙ったまま、酒を飲み進めていた。酔いが回って来る頃には、急激な眠気に襲われ兵藤は欠伸を零す。  ちょうどそこに仲居が現れ、膳を下げてくれる。 「そろそろ寝ようか。明日は観光地を案内するから」  泉田が立ち上がる。それに促されるように、兵藤も立ち上がった。  隣室に敷かれている布団を前にして、兵藤は倒れ込むように寝っ転がった。  仰向けになると、酔いのせいか天井がぐるぐると回るような錯覚に陥る。気分が悪くなり兵藤は目を閉じる。
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