泡沫の情人

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「悪かった。俺のせいでこんな――」 「あんたは……後悔してるの?」  佑月が大きく息を吸い、それから吐き出す。 「僕は、後悔してない」  兵藤が答える前に、佑月が弱々しくもきっぱりとした口調で続ける。 「だって、あんたと出会ったから、僕は初めて生きたいって思えたんだ」  佑月はそう言って、目を閉じる。その目元には涙が浮かんでいた。  言葉を失っていた兵藤は我に返り、佑月の手を両手で包み込む。 「大丈夫だ。君は死んだりしない。共に人生を歩もうって、約束したじゃないか」  目の前が歪み、まるで佑月が溺れているように見えた。弱々しく握り返してくる手の力が、まるで最後の足掻きにも感じられたのだ。 「もし君が此処で死んだりでもしたら、俺も一緒に死んでやる。君を一人で逝かせたりしないからな」  もう二度と離したくはない。佑月を一人にさせたくはなかった。置いていかれる辛さを知っている佑月なら、置き去りにする者のもどかしさも分かっているはずだった。 「安心しろ。俺はもう二度と、君から離れない。ずっと傍に居る」  佑月の手が返事をするように強く握った。それから、委ねるようにして兵藤の掌の中で力を失った。  立派とは言い難いが、それなりに見栄えのする墓石に百合の花を手向け、兵藤は静かに手を合わせた。  高台に作られた墓の群れはともすれば、遠くの方に海がちらりと覗いて見える。環境は申し分のない場所だった。  兵藤は都内での生活を辞めて、佑月の療養所に近い場所へと引っ越してきていた。  都内の生活に慣れていた兵藤からすれば、やや華やかさや便利さには欠けてしまうが、佑月の傍にいられるのであれば、それは大した苦ではなかったのだ。  自然豊かな土地で佑月の看病をしながら小説を執筆し、貯金を切り崩しながらの生活を続けること二年。
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