泡沫の情人

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「ッ……いけません。貴方には……妻子がいるんですから」  荒い息遣いでそう答える佑月は着物を乱し、白く艶やかな肌を晒していた。  床に背をつけ、揺さぶられている生々しい姿から兵藤は目を逸らせずにいた。 「二人にはそれなりの補償はする。だから、君が気にすることはないのだよ。頼む、後生だから」  必死に懇願する様子は、親友である身とすればあまり見たくはない光景だった。  それにいつまでも人の情事を見続けるのは、はしたない行為でもある。  兵藤はゆっくりと身を引く。それから足音に気をつけながら、その場を立ち去った。  心臓は相変わらず激しく脈打ち、今見た光景が脳裏を汚染していた。  廁で用を足すと、手洗い場で顔もついでに洗う。雪の夜の冷たい水が、濡れた手から一息に温度を取り去った。  体がぶるりと震えたが、あの光景を見た後となれば、それも丁度いい熱冷ましとなる。  冷静になったのを見計らい、再び廊下へと戻ろうと試みる。遠回りをしようかとも考えたが、どうしても気になってしまい、兵藤は諦めて元来た道を戻ることにした。  曲がり角から顔を出し、廊下に誰もいないことを確認すると、やや足早に連なる襖の群れを越していく。  くだんの部屋に近づいたところで、落ちていた視線を庭に逃がす。  ふと、そこに立つ人の姿に、兵藤は思わず足を止めていた。  庭に降り立ち煙草を燻らせ、月を見上げている佑月の姿がそこにあったのだ。  少し乱れた着物から伸びる汗ばんだ首筋。緩く開かれた胸元は、月明かりに白く反射していた。  細い指が煙草を挟み、薄い唇へと運ばれていく。目を細め、月を見上げる姿は妖艶な、かぐや姫さながらだった。  不意に佑月が咳をする。それから、兵藤の方を見た。
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