泡沫の情人

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「こんな夜中に月見か?」  無視するわけにもいかず、兵藤は声をかける。 「ちょっと涼んでいただけです」  佑月が微笑む。それから煙草を近くの(かめ)に押しつけて中に落とすと、兵藤の方へとゆっくりと近づく。 「涼むにしては、寒すぎやしないか」 「そうですね。もう、すっかり冷えてしまって――」  佑月が下駄を脱ぎ、廊下へと上がる。それから微笑んだまま、兵藤に近づいて腕を絡めた。その自然な流れに、兵藤は呆気に取られる。布越しでも伝わってくる冷気すら、気にはならなかった。 「だから、温めてくれませんか?」  やや見上げるような視線の佑月に、兵藤は一瞬息を呑んだ。先ほどの光景を思い出し、全身にカッと熱が回る。 「見てたんでしょ? 気付いてたんですよ」  佑月が、妖艶な笑みを受かべる。  そこで兵藤はハッとして、急いで腕を振り払う。それから距離を取るように、二歩下がった。 「君は……誰にでもそうなのか?」  兵藤は取り繕うようにして、表情を強ばらせる。危うく飲まれそうになったが、彼は親友の愛人なのだ。それにあれだけ愛を囁き合った仲にも関わらず、簡単に自分にまで手を出そうとしている。その佑月の節操のなさに、沸々と憤りが込み上げてくる。 「彼は君に本気なんだ。それぐらい、君にも分かっているはずだ。それなのに君という奴は、俺までも取り込もうという気なのか」  怒鳴りまではせずとも、兵藤は強い口調で咎めていた。  思っていた通り、彼は上客になりそうな者には簡単に身体を明け渡す男なのだ。たとえ綺麗な容姿であっても、中身が浅ましい人間に思えてしまう。  そんな兵藤の心情をよそに、佑月が息を吐く。煙草の煙とは違った白い息が、空へと霧散する。
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