泡沫の情人

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「だったら、言えばいい。俺も誘われたんだって」  急に粗雑な口調に代わり、兵藤は呆気に取られる。そのうえ、先ほどの色目など嘘のように、佑月は冷めた目をしていた。 「そしたら、目が覚めるんじゃないかな。アイツは誰にでも身体を明け渡すような、淫奔な奴だったんだって」  それから佑月は、呆然と立ち尽くす兵藤の横をすり抜けて、廊下の奥へと行ってしまう。  止めようにも、どう声をかけて良いか分からず、兵藤はただ立ち尽くすしかなかった。 「寒いけれど、圧巻の景色だろ? この時期なら観光客も少なくて、ゆっくり見てられるんだ」  轟音を響かせ、威厳を象徴するような滝を前に、泉田が饒舌に語る。   雪の積もった樹々の間を割るように流れる様は、確かに都会は疎か故郷でも簡単に見られる景色ではなかった。  流れた先にある水辺には、夏ならば多くの人が泳ぎそうな程、澄んだ透明さが広がっていた。 「そうだな」  簡単な返事をして、兵藤は寒さに身を縮こめる。  昨日の出来事が頭の中を渦巻き、せっかくの泉田の案内も終始上の空だった。  佑月のあの突き放すような態度を思い出しては、胸が重たく沈んでいたのだ。  本来であれば昨日の出来事を話し、彼が如何に狐の皮を被った、ふしだらな男であるかを説くところだが、兵藤に絡んだと知れば佑月を問い詰める可能性がある。  そこで彼等の秘事を覗き見たと、バレてしまう危険があったのだ。  泉田も決まり悪い思いをすれば、兵藤も尻の座りが悪くなるだろう。友人関係にまで影響を及ぼすのは、不本意だった。 「どうしたんだ? 顔色が冴えないようだけど」  さすがに変に思ったのか、泉田が不審な顔をする。
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