泡沫の情人

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 灯籠に灯った淡い光が、庭をぼんやりと浮かび上がらせている。砂利が敷き詰められた敷地には、松や紅葉が植わっているようで風情があった。その中心には池もあり、湖面に輝き出した月が反射している。  充分に贅沢な宿だと、兵藤は舌を巻く。  長い廊下を進み、厠と風呂の場所を教えられ、それから二階へ上がる。 「こちらでございます」  女将が膝を突いて、淑やかに襖を開く。  暖かな室内には火鉢が置かれ、中心には座卓が置かれていた。  奥は障子が閉ざされ、開ければ外の景色が楽しめる造りになっているようだった。 「お食事は、七時頃でよろしいでしょうか?」  女将の問いかけに、泉田が了承を求めるように兵藤の方を見る。構わないと兵藤は首肯した。 「構いません」 「では、その時刻にお持ち致します。本日も佑月(ゆづき)は呼ばれますか?」  兵藤は思わず泉田を見た。彼の言っていた芸者のことではないかと察したからだ。  泉田は少しばかし、口を閉ざすと「お願いします」と意を決したように告げた。 「畏まりました。頃合いを見て、行かせますので」  それから女将は「ごゆっくりお楽しみください」と、頭を下げて襖を閉ざす。  女将の姿が見えなくなり、兵藤はいつの間にか張っていた肩の力を抜いた。 「良い旅館だ。お風呂もさぞかし、立派なんだろうな」  兵藤は荷物を居間の端に運びながら、明るい声を上げる。 「ああ……立派なもんだよ」  先ほどとは違って、またしても泉田の口数が減っていた。心なしか表情までもが、緊張を孕んでいた。 「そう案ずるな。無理に相手の心持ちを知る必要はないんだ。やめたければ、それで構わない。俺はただ、休暇に来たとすればいい」  俯いている泉田の肩を叩き、兵藤は慰める。
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