泡沫の情人

9/115
前へ
/115ページ
次へ
「珍しいですね。お連れさんですか?」  慣れたようにその青年は、泉田の近くに腰を据えた。 「……ああ。僕の親友でね。兵藤 章仁くんだ」  泉田が慌てて、兵藤を紹介する。見とれていたことは一目瞭然だったが、青年は気にした様子もなく兵藤を見据えた。 「佑月と申します。この旅館でよく、三味線を弾かせて貰っております。芳則さんにはよく、ご贔屓にして頂いているんですよ」 「話には聞いてたが、まさか男だったとは――」  思わず漏れた本音に、兵藤は慌てて口を閉ざす。失礼なことを言ったと思ったが、佑月は微笑んだ。 「珍しいですよね。男の芸者だなんて。実は母が三味線の芸者だったんです。そのお陰か、僕も性に合っていたようで、こうして呼ばれるようになったんですよ」  それから佑月は三味線を抱えると左手で棹の上部を持ち、右手の(ばち)を胴にかかった三本の弦に当てた。  撥が弦に触れると、甲高い音が室内に響き渡る。それを皮切りに、弾かれたように音が次から次へと奏でられていく。  佑月の白い指が弦を押さえながら、軽やかに撥を弾く様に、兵藤は視線を逸らせずにいた。  一曲終わると、まるで夢から覚めたように頭がくらりとした。 「相変わらず、素晴らしいよ」  泉田が熱の籠もった声で、佑月を褒め称える。 「そうだな。こんな綺麗な三味線は聞いたことがない」  兵藤も泉田に続いて、賛辞を述べる。  何度か父に連れられて、料亭にも行ったことがあるが、こんなにも引き込まれる演奏をする芸者には会ったことがなかった。  男性ならではの力強さもあるが、女性のような繊細さも持ち合わせていて、それが心を惹かれてしまう理由なのかもしれない。 「ありがとうございます」  佑月が微笑んで、再び撥を構える。それから続けざまに数曲を弾き続けた。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

79人が本棚に入れています
本棚に追加