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犠牲
隊長と合流し、マーサを探し続ける。
だが呼べど見渡せど彼女の足跡すら見つからない。
もう、マーサもミハイルも死んでいるのではないだろうか?
嫌な予感が頭に過ぎる。
「どうかしたのか?」
アームストロング隊長が心配そうに瑛一に呼びかける。
「…いや、何でもありません。
先を急ぎましょう。」
己に言い聞かせるように彼はそう呟く。
「あまり、気負い過ぎるな。
二人と逸れたのはお前の責任じゃない。」
慰めの言葉をかける隊長。
だが、瑛一の不安は増すばかりである。
(俺が嫌でもマーサの手を掴んでいたら…。ミハイルが叫んだ瞬間、動けていたら…未来は変わっていたのだろうか?)
自責の念に駆られ、彼の眉間は深くシワができる。
「まて。」
しばらく歩いていると隊長が声を潜めて肩を引っ張ってくる。
左の横穴から何か物音が聞こえて二人とも足を止めた。
グチャグチャ、ガリゴリ、グチャグチャ。
何か粘性の音と硬い石を削るような音が聞こえて二人は身震いする。
それはまるで肉食獣が食事をしているような野蛮で不気味な息遣いと音が穴から響く。
(ま、まさか…そんなはずはない。外れてくれ!)
ごくり、喉が鳴る。
その音さえも穴にいる未確認生物に聞こえてしまいそうな恐ろしい空気に二人は怖気付く。
『俺がこっそり見るからお前は待機。』
隊長はそうハンドサインで指示を出す。
『了解。』
素直に従う。
恐る恐る隊長は洞穴を覗く。
「うっ。」
彼は青い顔になり、すぐさま顔を背ける。
どうやら嫌な予感は当たってしまったようだ。
「大丈夫ですか隊長。」
背をさすり、支えてあげる。
「中は見ない方がいい。
ここを離れるぞ。」
千鳥足で進む隊長に肩を貸す。
うわごとのように彼は謝罪の言葉を口にする。
「…ごめんなぁ。俺が無能なばっかりに。
苦しかったよな。マーサ…ミハイル…。」
「しっかりしてください!
今はとりあえず任務を遂行することだけ考えてください!」
「…そ、そうだな。
すまん、取り乱してしまって。」
地上の出口まで二人で何とかたどり着く。
がっくりと項垂れる隊長はこの数分で一気に老け込んだかのように覇気がない。
「無理も…ないですよ。
俺も動けませんでしたから…。」
かける言葉が見つからない。
瑛一も何もできなかった。
隊長だけが悪いわけじゃない。
「よし、任務を遂行する。」
しんみりとした空気を打ち破るように隊長は気丈に振る舞う。
その声に俺も勇気付けられて足を進めるのであった。
*
地上は憎らしいほど晴れている。
雲ひとつない青空が憎らしい。
「はぁ、今日は少し暑いな。」
防護服越しでも気温が高いことがわかる。
隊長もヘルメット越しではあるが汗を拭う仕草をするほどだ。
今の時代でこれほど気候が安定して清々しい地上なんていつぶりだろうか?
「そうですね。
本当に憎らしいくらいだ。」
燦々と照つける太陽を睨み上げる。
「作業の前に同胞に祈りを捧げよう。」
防護服の懐からスキットルを取り出して隊長は蓋を開けて中の酒を穴に注ぐ。
この時代では酒は金と同等の価値があるものだ。
それを惜しげもなく彼は注いだ。
よほど悔しかったのだろう。
「これは任務後に皆に振る舞いたかった酒だ。」
苦々しく顔が歪む。
それは後悔と自責の念と鎮魂が込められた言葉だった。
「マーサ、ミハイル。どうか安らかに。」
黙祷を捧げ、二人して作業に取り掛かる。
大地は灰に包まれて草木はおろか獣の気配もない。
あるのは荒廃した建物と呼ばれる人工物と不法投棄されたかつてのテクノロジーの産物。
虚しい世界が広がるばかりだ。
(マーサやミハイルたちが犠牲になってまでも守らないといけないものなのか?)
瑛一は除染機で大地を掃除しながら歯噛みする。
奥歯がミシミシと音を立てる。
こんな終わりの見えない計画性のない事など命懸けでやるべきことではない。
頭ではそう理解している。
だが、働かなければ今度は政府に家族を殺される。
どうしようもない怒りをぶつけようがない悔しさを彼は飲み込んだ。
指定された地区を洗浄していると視線の先に白いものが見えて足を止める。
目を凝らしてよく見るとそれは少女の形をしていた。
こんな不毛の土地に人間はおろか生物だって存在するはずがない。
「君!待って!」
目がパチリとあった瞬間、少女は瑛一に背を向け走り出した。
声をかけるが彼女の足は止まらない。
(近くの居住区の穴から出てきたのだろうか?)
瑛一は少女を人間と仮定し、追いかける。
どちらにせよ、このまま放っておいていい気はしない。
その早る気持ちだけが彼を動かす。
「はあはあ…待って、待ってくれ。
君に危害を加えようとは考えていない!」
走り疲れて膝を折る。
だが、彼女はチラチラこちらを見ながら距離を取る。
「俺は第三地区の日本人、宮本瑛一だ。
怪しいものではない。
君はどこからきたのかな、お嬢ちゃん。」
目線を合わせて彼は問いかける。
すると彼女は枯れ木の森を指さした。
突然変異で環境には適合したが葉や花、実をつけない不毛の木が生い茂る森。
その向こうから彼女はやってきたのか?
よく見ると彼女は真っ白な手足と髪で防護服も何も付けていない。
不気味なほど白い体をしている。
果たして彼女は本当に人間なのだろうか?
【To be continued】
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