追跡

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追跡

 少女を追いかけて森の中。 「おうい、待ってくれ。はぁはぁ…待って。」 走っているはずなのに距離は開くばかり。 とうとう体力が尽きて膝を折る羽目に。 はーっ、はーっ、と息を整えて顔を上げるが誰もいない。 それどころか見知らぬ地域に足を踏み入れてしまったようだ。 「…どうすりゃいいんだよ。」 己の無鉄砲さを嘆くが状況は変わらない。 深呼吸をし、座標アプリを開く。 『NO signal』と画面には出ている。 どうやら電波もない地区に踏み込んでしまったらしい。 最終手段として防護服のポケットから包囲磁石を取り出す。 アナログな方法だが方位さえわかれば何とかなるだろう。 「えーっと、北はあっちだから…北の地区の穴から戻って事後報告すれば問題ないか。」 安易にそう判断し、足を進める。 見たこともない植物や双頭の動物が視界の端を過ぎていく。 段々、恐怖心がムクムクと湧き上がってくる。 このまま帰れず、餓死してしまったら? 急に灰に降られて防護服が溶けてしまったら? 嫌な考えが背筋を伝う。 それらを振り払うように首を横に振った。 視界の端に白髪が揺れる。 「あっ!」 さっきの少女かと思い、思わず声を上げる。 その髪はゆらりと揺れてまるで誘うかのように前へ前へと進んでいく。 元の地区に帰るより好奇心が勝ってしまった。 疲れてるはずの足がその白い少女の方に向いて歩き出す。 その姿は宛ら、亡霊のように滑稽だろう。 だが、何故かその少女を放っておいてはいけない気がする。 理由はわからない。 「後で隊長にどやされるかもな。」 自重気味に呟いて後をついていく。 微妙な距離間で走っていると不意に少女が振り返る。 その目は地底に住む人ではありえない色をしていた。 左目は晴れ渡る空のように青く、右目は照明の電灯のような橙色の瞳。 不思議な配色に見惚れていると少女はこっちに来いと手招きをする。 素直に近寄れば彼女は逃げずにその場で微笑んでいてくれた。 「君は一体何者なんだ。」 問いかければ彼女は瑛一の手を無言で引く。 どうやらついてこいといっているらしかった。 「ちょ、ま、待ってくれ。」 瑛一の戸惑いも虚しくかなり強い力でズルズルと引きずられるようにして進む。 「どこへ連れていくつもりだ。」 訪ねても答えは返って来ず。 むしろ手を引く力は痛いくらいに強まっていく。 *    一方その頃、アームストロング隊長はというと。 「ふう、作業完了。 さて、エーイチは…あいつどこまで行ったんだ?」 不安になって辺りを見回すか人はおろか草木もない。 通信機を手に取るが『No signal』の文字が見え、顔を青ざめる。 「不味いなこれは…。」 顔をしかめ、捜索に繰り出す。 「おうい!エーイチ!」 彼は幼い子供ではないのだから任務を放棄して逃げ出す男ではないはずだ。 そう言い聞かせてアームストロング隊長は瑛一を探す。 彼の担当地区の辺りを歩いて探すと足跡が残されている。 「これは…森の方へ続いている?」 掠れた足音を辿ると不毛の森にまで続いていた。 「まさか…入っていたわけではないよな…。」 通信機を見ても相変わらず電波が入っておらず地図にマーカーも一人分しか出てない。 「エーイチ!いるなら返事してれー! 無事かー!」 森に向かって叫んでも児玉するだけで返事は返って来ない。 数分待ったが人どころか獣の気配すら感じられない。 「撤退するか…。」 天気予報を見ると地上では灰雨(はいう)の予報が送られてきた。 後三十分で除染員たちの努力が水の泡となって消えるというのだ。 アームストロング隊長は除染機を担いで最寄りのハッチを探す。 今すぐに地下に戻れればいいのだが灰雨(はいう)の時は地下生物も活性化され、暴れ回る為にすぐに戻れない除染員の為のシェルターハッチが地上では用意されている。 数幸いな事にメートル先にハッチを発見する。 「よいっしょっと。」 重たい金属製の扉を力ずくで開けて中へと入る。 バルブを閉め、防護服のヘルメットを脱いだ。 「ふう、灰雨(はいう)前に入れて良かった。 さて、報告書でも仕上げるか。」 止むまでの時間電子機器は使えないので紙とペンを取り出して今までに起こったことを箇条書きで書いていく。 ミハイルとマーサが犠牲になった事。 バギーを破壊してしまった事。 瑛一が作業中に失踪した事。 生存率は絶望的だがアームストロング隊長は彼の無事を願うばかりだ。 防護服のインナーからペンダントを取り出し、ロケットの中身を眺める。 そこには愛おしい家族写真が入っていた。 「アンナ、ニーナ。部下を今日だけで二人も見殺しにしてしまった。 それに俺が目をかけている奴も失踪してしまった。 これは戦争を生き残った俺への罰なんだろうな。 そちらに帰れなかったらすまない。 ダメな父親でごめんなぁ。」 彼は不安になってロケットにキスをする。 その目には涙を浮かべ、自分の無力を嘆いていた。 彼が悪いわけではないのに。 一体全体、神は何を望んでこんな世界を作り上げたのだろうか。   【To be continued】
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