食事

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食事

 少女に手を引かれ、瑛一は不思議な建物へと連れられる。 「ここはどこなんだ?」 彼の問いかけに少女は何かを悟ったように口を開いた。 古代語のようでヘルメットの翻訳機能が自動的に翻訳する。 『君は地底人? あそこ、危ない。ここ、安全。』 どうやら彼女は瑛一の身を案じて避難したらしい。 「ありがとう。それは助かったよ。」 建物の外ではサーっという灰雨が降る音が聞こえる。 どうやら降り始めてしまったらしい。 アームストロング隊長は無事だろうか? 己の身より、他人の安否が気になる瑛一。 『マザーに挨拶。 それから、居ていいか決める。』 彼女の口振りからしてここの建物の主人が居るらしい。 郷に入れば郷に従えという母の祖国の言葉を思い出し、彼は素直に後をついていく。 「ねぇ、君名前は?」 『フィーア。』 「フィーア…いい名前だね。 俺の名前は宮本瑛一、エーイチって呼ばれてる。」 自己紹介もそこそこに扉の前で少女、フィーアは立ち止まる。 『ここ、マザーがいる。』 彼女が手をかざした瞬間、扉が軽い音を立てて開く。 扉の隙間から見えた光景は肉塊とも呼べるほどの大きな乳白色の何かが見えた。 「な、何だあれ…。」 『マザー。』 横にいるフィーアが説明する。 そもそも生命体ですら怪しい。 顔と呼べる部分はないし、目や口などの呼吸器官もない。 スライムや軟体動物に近い見た目をしたそれは彼女たちの統制者?らしい。 『マザー、ニンゲン、見つけた。 しばらく、いる。』 中へ入るように促され、足を踏み入れる。 フィーアが報告するとマザーと呼ばれた物体はゆっくりと形を変える。 『ようこそ、ニンゲンさん。 私はマザー、そこにいるフィーア達の母親です。』 フィーアより流暢で穏やかな声が響く。 「ど、どうも。 地底から来た宮本瑛一です。」 丁寧に自己紹介された為、こちらも丁重に挨拶をする。 触手が手の形を型取り、目の前に差し出される。 『地底人の方々はアクシュという儀式があるようですね。』 どうやら握手を求められてるらしい。 多少、湿っている触手を嫌々握り握手を交わす。 どうやら地上の生物は礼儀正しいらしい。 「すみません。 灰雨が降ってしまったのでしばらくここに雨宿りさせていただけないでしょうか?」 話が通じるのなら其れ相応の礼儀を尽くして交渉に臨む。 『ええ、構いませんよ。 疲れているでしょう?フィーア、お食事の用意を。』 『はい、マザー。』 マザーの指示に素直に従うフィーア。 確か彼女は母親と名乗ったがあの物体が人型のものを生み出したのかと慄く。 『ああ、どうか怯えないでください。 あの子達は確かに私の肉から産まれましたが害ある存在ではありません。』 慈愛に満ちた言葉が瑛一の疑心を解していく。 「…それはすまなかった。」 和解しているとフィーアが背後から現れる。 『着いて来る。ご飯、できた。』 どうやら支度ができたらしい。 防護服の端を引っ張られ、素直に着いていく。  再び、長い廊下を歩く。 薄暗く、少し寒い気がする。 目の前をフィーアがスキップするように歩いていく。 『どうした?元気ない?』 歩みが遅かったせいかフィーアが顔を覗き込んでくる。 ヘルメット越しなので見えずらいとは思うが瑛一は暗い顔をしていた。 「…。」 『エーイチ、ご飯、食べて、元気出す。』 半ば無理やり手を引かれ部屋へと入る。 そこには石造りの机と椅子に湯気のたった固形の食べ物が置かれていた。 食器も軽石のようなものでできており、形は旧時代のナイフやフォークの形に似ていた。 使い方は何となく授業で習ったから扱える。 食事に手をつけようとしたが、ヘルメットをしていたことを思い出す。 酸素濃度と汚染濃度を見比べ外しても問題ないことに気がつく。 内側からコマンドを打ち、プシュっと軽い音を立ててヘルメットを外した。 久しぶりに吸う空気は少し埃っぽい。 だが、呼吸ができるということが喜ばしい。 ヘルメットの備え付けの翻訳イヤフォンを指す。 彼女の言葉を理解するためだ。 目の前にある固形物をマジマジと見る。 保存食の類だろうか? コンビーフのような四角いものがいくつかの皿に盛ってある。 『食べる、元気になる。』 フォークのようなものでフィーアが食物を刺し、瑛一の口元まで持っていく。 「じ、自分で食べるから。」 恥ずかしくて顔を背けると今度は顎を掴まれ、無理やり口を開けさせられる。 「あがっ…ごっ…んぐっ…。」 無理やり口に突っ込まれ、食物を受け入れる。 食感は若干硬いが塩味が効いてて食べられないことない。 十分、咀嚼して喉に通せば少し、楽になる。 『もっと、食べる。』 矢継ぎ早に食物を運ぼうとするフィーアに手を出して拒む。 「ま、待ってくれ。 そんなにがっつくと消化にも悪いから。」 『むう。』 不満そうに口を尖らせるフィーア。 だが、塩気の強いこの食物を一気に食べると喉が渇いてしまう。 「なぁ、飲み物とかないのかな? 喉も乾いているんだ。」 そう尋ねると無言で水が入ったカップを差し出される。 鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。 無臭で少しだけ安心する。 ゆっくり口を近づけて舌に乗せる。 無味で安心する。 どうやら疑いようもない真水らしい。 安心して食事を続ける。 だが、瑛一の不安は食事で拭えることはなかった。   【To be continued】
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