4人が本棚に入れています
本棚に追加
午睡
キール・アームストロングという隊長は偉大な人だと誰もが口を揃えていう。
果たしてそれは本心の評価だったのか。
彼は第三次世界大戦の戦前に生まれ、軍人の父親と学校教師の母親に育てられた。
何一つ不自由ない暮らしと体躯に恵まれ、幼少の頃からラグビーで才覚を出した。
「私は父のように立派な軍人になり、国を守ります。」
それが彼の口癖だった。
その口癖に父親は満足そうに目を細め、彼の頭を撫でる。
それが一番誇らしかった。
やがて世界は資源枯渇により戦争が始まる。
まだ十代であった彼も例外なく兵士として駆り出されるのであった。
「キール、ああ、私の可愛いキール。
どうか戦争で命を落とさないでちょうだい。」
母親は息子を心配して抱きしめるが彼はやんわりと拒絶する。
「母様お気持ちはわかりますが私は父のように立派な人になりたいのです。」
純粋でまっすぐな正義感のみで彼は戦場を駆け抜けた。
だが結果としてこの戦争は誰にも勝利の女神は微笑まなかった。
地上に住まう場所は無くなり、食料である作物や生物はほぼ死滅した。
人間社会をより良くするために開発された技術が生活を脅かすなど誰が想像できたか。
そうしてキール少年も例外なく家族を失い、虚しい大佐という地位を獲得した。
その虚しさを埋め合わせる様に彼は結婚し、今度は家族のために自ら除染員として志願する。
部下にも恵まれ漸く、彼が報われ用とした矢先に待ち受けていたのは闇。
「虚しいものだな。」
彼の呟きはシェルターの虚空へと消えていく。
ザアザアと灰雨(はいう)が降り、彼の心を荒ませる。
部下は無事だろうか、地下の居住区にいる家族は無事だろうか?
そんな心配もよそに部下である宮本瑛一は厚遇を受けているのだがその真実を彼は知らない。
他人の心配をできるのは自分が安全圏にいるという余裕からである。
だが、そんな彼の身にも最悪がさらに降りかかる。
ガタン!と大きめの音と共にシェルターが転がり始めた!
「うお!な、なんだ?!」
思わず両手を広げ、受け身を取る。
だがシェルターはゴロンゴロンと転がっていく。
グォォォォ!とシェルターの外から獣が吠える。
「…こりゃ、鳴き声からして巨大モグラだな。」
脱いでいたヘルメットを被り、備え付けのパッドを起動する。
旧時代のものではあるが非常時の時の備えはそこに全てある。
「さあ、反撃開始だ!」
パッドであるコマンドを打つ。
瞬間、球体のシェルターから爪が生える。
パッド越しに敵を確認。
どうやら敵は一体、相手にとって不足はない。
「そうらミサイルをたんまり喰らえ!」
コマンドを素早くタップし、爆撃する。
怯んだ巨大モグラを爪で固定し、身動きを止める。
仰向けになった巨大モグラは脅威ではない。
「マーサやミハイルの仇をここで打ってもいいんだぞ!」
そう言ってコマンドを入力しようとするが…。
家族の顔が頭をよぎって手が止まる。
(例え害獣だとしてもコイツらも家族がいるんだよな。)
攻撃の手が緩んだ瞬間、巨大モグラは爪から逃れて地面に逃げてしまった。
パッドを確認するとバッテリーがかなり消耗している。
「あーあ、これでエーイチを探しに行こうと思ってたんだけどなぁ。」
動けないと分かると爪を収納し、灰雨が止むのを待つのであった。
*
一方で瑛一はというと通信機を取り出して通信を試みている。
「こちら、第五班の宮本瑛一だ!
聞こえているなら応答してくれ!」
通信機を握りしめて祈るように呼びかけるがノイズが聞こえるばかり。
『エーイチ…。』
憐れみを込めてフィーアが呼ぶ。
「なんだ、邪魔しないでくれ。
俺は帰るために諦めないからな。」
必死に呼びかける瑛一だが彼の呼びかけに応える者はいない。
『エーイチ、休む。
ハイウ、止むまで寝る。』
防護服の裾を掴んで休むようにフィーアが呼びかける。
だが、彼は鬱陶しそうにその手を振り払う。
「休むだなんて怠けることは許されないんだ。」
ブツブツと妄言を唱える彼の目のクマは酷い。
誰からみても休息は必要だ。
『エーイチ!ね・る!
寝ないの!体!辛い!』
先程よりも強く、グイグイと防護服を引っ張る。
その一生懸命さに瑛一は折れた。
「はぁ、わかったよ。
確かになんか…だるい…な。」
緊張が解けたせいかその場に倒れてしまう瑛一。
『エーイチ、エーイチ。』
死んだように入眠する彼を揺するが反応がない。
むしろ小さな寝息が聞こえてくる始末。
その様子を監視していたマザーが室内にいるほかの子供達に呼びかける。
客人に一時期でも安らぎを。
そう、号令を出すとどこからともなく食堂に子供たちが集まる。
四つ足の子供、頭部の無い子供、目玉が四つある子供。
フィーア以外の子供達は皆、人間とはかけ離れた姿をしていた。
もし、瑛一が他の子供達を目撃していたらきっと裸足で逃げ出していただろう。
一番大きい子供が瑛一を背負い連れて行く。
周りの他の子供達は『ニンゲンだ。ニンゲンだ。』と久々の来訪者に興味津々。
その様子をよく無いと思ったフィーアが瑛一に伸びる触手をはたき落とす。
『ダメ。』
『なんで?』
『どうして?』
口々にフィーアへの不満を言う子供達。
だが、彼女は己が内に芽生える感情の名前をまだ知らないのであった。
【To be continued】
最初のコメントを投稿しよう!