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1話 やっと死ねたと思ったのに
俺が最期に見たのは、憎しみで醜く歪んだ若い男の顔だった。
…こいつ、誰だ…はは、すげぇ形相。
「この、クソ野郎が!―――お前のせいで真衣がッ!!おら、死ねよ、死ねッ」
痛みは感じなかった。ただ、ドスドスと衝撃が伝わって来ただけ。
―――そんな、何回も刺さなくたって、死ぬって。
はあはあ、と荒い息遣いと足音が遠ざかって行く音を聞いていたと思ったら、いつの間にか仰向けにぶっ倒れていた。刺されたところが熱くて、心臓の音がどくどく鳴るのと一緒に、何かがどんどん流れて行く感覚がして。
さっきから降って来た雨が、冷たい。
冷たくて――――寒い・・・
ああ。
俺の人生ほんとに、クソみたいにつまらない、くだらない人生だったな。
やっと、これで終わりに―――出来る。
とっくに真っ暗になってた視界に続いて、最期まで聞こえていた腐った街の喧噪の音が消えて行った。
――――――それで死んだはずだった。
なのに気が付くと、俺はどことも知れない真っ白な世界に居た。
「ここは…?」
身体を見下ろすと、素っ裸だ。けど、刺されたはずの傷がどこにもない。
おかしい。
やっぱ死んでてここは死後の世界とかそういうのか?
そんなもの、信じてなんかいなかったのに。
俺が自分の手を握ったり開いたり、体の具合をあちこち確かめていると、ふいに耳元に声が掛けられた。
「ようやくお目覚め?桜庭幸人くん」
「うわっ!?」
思わず飛びのくと、さっきまで居たところに男が一人立っていた。
銀色の髪に金色の目、見た事ないくらい綺麗な男だ。けど、人間には見えない。なんていうか、生きてないみたいな――――作り物みたいな感じだ。
「な、何で俺の名前…?お前誰だ、ここ、どこだ?」
パニクって、テンプレみたいな事を口走ってしまった。するとそいつは、これまたどこかの流行りの設定みたいな話を返して来た。
「ここは僕の管理する世界。僕は君の生きてた地球とは別の世界の管理神で、君が僕の求める人材の条件に合ってたから、連れて来ちゃった」
「は、はぁ!?」
「ほら、僕の世界って今、イレギュラーの魔王なんて物が発生しちゃってさ。それが思った以上に強くてね。その世界の人達じゃ歯が立たなくて困ってるんだ」
管理神、と名乗った男はやれやれと肩をすくめて、言葉とは裏腹に大して困ってなさそうに言う。
「だから、僕の世界に適合する魂の持ち主を連れて来て、魔王を倒して貰おうと思ってるんだけど、他世界の管理神には『間もなく死ぬって人しか連れてっちゃダメ』って言われててさ。なかなか合致する魂、しかも死ぬ間際の人って居なくてね。いろーんな世界を観察して何人か連れて来たんだけど、あと一人欲しくてさ。やっと君が条件ぴったりタイミングぴったりで、連れて来る事が出来たんだ。ほーんと助かったよ」
にこにこと機嫌よく話す銀色の男を、俺は睨み付けた。
「知るかよ、クソが!そんな事俺には関係ない!さっさと死なせろ!」
まくしたてる俺に、管理神という男は全く動じず、にやにやと嫌な笑いを浮かべる。
「あれー、そんなに死にたかったのかな?でも死ねないよ。僕のお願いを聞いて、僕の世界の魔王を倒すまでは絶対にね。その体はもう僕の魔力で造り変えちゃったもん。ね、だから諦めてよ。他の人達にもあげた、有力なスキルもたくさんあげるからさ!」
「は、はあ!?お前っ…ふざけんなよ!このクソ野郎が!」
頭に血が上りすぎて、思わず俺は管理神って奴に殴りかかったが、パン!と硬い、目に見えない壁みたいな物に弾き返され、拳に衝撃が走った。
「痛ッ!!」
あまりの激痛に拳を見てみると、皮膚が裂けて血が滲んでいたが、それが一瞬で治っていく。
「う、嘘だろ」
ぞっとした。本当に俺の体はこいつに造り変えられてしまったのか。その様子を面白そうに見ていた管理神は、ニコッと笑みを浮かべる。
「ね?分かったでしょ?魔王さえ倒してくれたら、そのあとは君の自由にしていいから。どこの世界に行ってもいいし、死にたければ死んでもいいし。他の世界から連れて来た人達と協力して倒してもいいし、君一人で倒してくれてももちろんいい。スキルも、魔王を倒したらそのままプレゼントしてあげる。ね?いいでしょ?」
俺は管理神ってやつをじっと見た。多少顔が青ざめてしまっていたかもしれない。
こいつには話が通じない。力でも敵わない。こいつにとってみたら、俺なんてただのゲームの駒なんだろう。
・・・クソッ!やっと望み通りくだらない人生を終える事が出来たと思ったら、こんなヤツに捕まってしまうなんて。最悪だ…!
俺は内心歯噛みしながら、仕方なく言った。
「……とにかくその魔王って奴を倒したら、自由にしてくれるんだよな?間違いなく」
「うん、もちろん!僕は神だよ。約束はちゃんと守るよ」
にこにこと言う管理神に俺は、はあ、とため息をついて手を差し出す。
「分かった。じゃあさっさとそのスキルってやつを寄越せよ。魔王を倒す為に出来る限り、必要そうなのは全部だ」
「おっけー!じゃあどんどん付与していくねー。あ、ただしスキルは基本スキル以外、君と相性のいい物しか付与できないから、そこんところはよろしくね。あと、スキルの使い方だけど、使おうと思えば自然に使い方は頭に浮かぶから大丈夫。まずは絶対必要な『言語自動翻訳』『無限収納』『鑑定』でしょー。それから『常時魔力バリア展開』にー『状態異常無効』にー、『全属性魔法耐性』でしょ、それからー」
管理神が楽しそうにぶつぶつ呟きながらスキルを羅列していくのを、俺は半目で見ていた。
こうなったらあらゆるスキルってやつを貰って、さっさと魔王を倒して終わりにしてやる。
管理神がスキルの名前を呟くたびに、光の玉が飛んで来て、俺の体にすっと入って行った。
何となく体の調子が良くなるような、何かが上がっていくような感覚がある。
「ん?あれ?」
調子よくスキルを羅列していた管理神が、ふと止まった。その顔には初めて見る、困惑した表情を張り付けている。
「おっかしいなー。こんな事初めてなんだけど」
「・・・何だよ」
しきりに首を捻る管理神に、俺は嫌な予感がする。
「うーん?あのね?攻撃系のスキルを付与しようとしてるんだけど、なぜか出来ないんだ。おっかしいなー?ちょっと君の事もう一回ちゃんと見せてよ」
そう言うと管理神は俺の前にやって来て、俺の顔をまじまじと覗き込む。
「あ」
何かに気付いたような真顔の管理神に、俺の不安は頂点に達する。
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初出2021/09/16 14:47ムーンライトノベルズにて。初めての20万文字越える作品になりました。読んで下さった方、ありがとうございますm(*_ _)m
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