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12話 ユキトの独白
瞬時に、ジルヴィアの街から少し離れた、最近よく来ている海岸に着いた。
ここは砂浜が遠くまで続いていて、広くて誰もいないから落ち着く。
精神的にどん底だった俺がふらっと衝動的にこの海岸に転移した時、ヒューゴは『探知』で探したらしい。『探索』と似ているが、探知は人限定で、知った相手だと個人個人で違う波長で居場所を探れる。
「はあ」
俺は肌理の細かい白砂に腰を下ろすと、透き通った海水が寄せて白く泡立つのを眺めた。
『…いつか、俺にも色んな事、話してくれると嬉しい』
さっきの、ヒューゴの言葉を思い出す。
俺が何度も夜中に魘されて起きて震えていた時、ヒューゴは何も詮索しなかった。ただ、抱き締めて、俺を支えてくれただけだ。
でも、なんでこうなったのか、疑問に思って気になっていただろう。さっきの言葉からも窺い知れる。
それなのに無理に理由を聞いたり、俺の心をこじ開けるような真似はしなかった。
そんな風に俺を尊重して大事にしてくれたのは、麗央さん以外には、誰もいなかった。
ヒューゴとは、ここに来てからまだ数週間も経っていない位短い付き合いだけど、これまでの22年で関わって来た誰よりも、それは深く密接なものになった。
正直、俺がこんな風に他人を信頼したり頼ったり、縋ったりしている事が、未だに信じられない。今の自分が、以前のクズホスト桜庭幸人と同一人物とは、自分でも思えない。
麗央さんには、心を曝け出して嫌われるのが恐ろしくて、結局自分を出せずに彼を傷付け、信頼を裏切る結果になってしまった。
その事は後悔してもし切れないし、もしやり直せるなら麗央さんに心から許しを請い、今度こそ自分に正直になりたい。
でも、それはもう、思っても仕方ない事だ。
光の煌めく波の間に白い魚が跳ねて、また海へと戻って行った。
それを何となく目で追いながら、俺は静かに心を決めた。
今の俺は、ただのユキトだ。正直、ヒューゴにも自分をすべて曝け出す事は怖い。失う事も。でも、これからどうなるか分からないけど、俺はもう自分の心に嘘はつかない。正直に、思う様に生きたい。
******
決心 Side ヒューゴ
「はー、さすがに腹いっぱいになったなあ」
ユキトが
「俺は全然腹も空いてないし、ちょっと人に疲れたから海にでも行って休んでるよ」
と一人で転移して行ってから、俺とルイは美味そうな出店の食べ物を片っ端から食ってみた。
途中でルイが「もう、食べられません…」と青い顔してギブアップしたので、俺一人で広場の店を全制覇しようとしたが、さすがに俺でも無理だった。
残念だが、ルイが言うにはこの祭りは3日続くらしいから、また明日にでも再チャレンジするか。
それにしても、この世界の食い物は皆美味い。エクシリアでは主に、大して美味くない戦闘糧食(コンバットレーション)ばかり食ってたから、猶更だ。
特に最初に食べた山猪のフリットってやつは、ルイが言う通り滅茶苦茶美味かったな。ユキトはあれをトンカツ?とかって呼んでたが、ユキトの世界にも同じようなものがあるんだろうか。
やっぱ、行ってみたいよなあ。ユキトの世界。
と思ったら、ユキトの事が気になって来て、俺は青い顔してるルイを振り返って、
「ルイ、もう神殿に帰りな。俺はユキトの所に行ってくる」と告げた。
ルイはふうふうと荒い息を吐きながら「は、はい、分かりました…僕、先に帰ってます」とのろのろと歩き出した。
大丈夫かな。ルイがあんまり喜ぶもんだから、ちょっと調子に乗って食わせ過ぎたかもしれない。
腹壊さないといいけど。
俺はルイを見送ると、『探知』を使った。1度でも会った事のある人物なら、この探知で居場所を探れるという便利スキルだ。
このスキルってやつは、本当に規格外だよな。
これがあればエクシリアで100年続く戦争なんて、あっという間に終わらせられるだろう。
…って、俺は、エクシリアには思い残した事なんて無い、って思ってたんだがな。
やっぱり生まれ故郷の事は、そこがどんな地獄だってそう簡単には忘れられないのかもしれない。
まあそれもこれも、魔王を倒せなきゃ夢物語だけどな。
「やっぱあそこか」
ユキトはすぐ探知に引っ掛かった。この前と同じ場所だ。あの海岸が好きらしい。まあ綺麗だもんな。
俺はすぐさま転移した。
砂浜に座る黒髪黒目の男が、気配に振り向いて俺の名を呼ぶ。
「ヒューゴ」
あれ?何か、吹っ切れた顔をしているな。目の光が違う。何か取り繕ったり、闇に沈んだような目じゃないユキトを見るのは初めてな気がする。
―――こいつ、こんなに綺麗な顔してたっけ?いや、元々整ってはいたけど。
「ユキト、気分はどうだ?大丈夫か?」
なぜだか、俺はこいつの事を妙に気にしてしまう。そりゃああんな弱った所を見せられたら、放ってはおけないし、元々俺は仲間に対して、ついあれこれ世話を焼いちまう質だ。
だからいつも通りと言えばいつも通りなんだが、今回はそれ以上な気がする。
いくら弱ってるって言ったって、今まで一緒に添い寝したり、抱き締めてやったりなんて、いくらなんでもそこまではした事なかったもんな。
なのになぜかユキトに対してはそこまでしちまう。
そうせざるを得ないというか、そうしたくてたまらない、というか、なんか変な感じだ。
「大丈夫だよ。気分もいいし、腹もこなれて来た」
ユキトはそう言って微笑んだ。
初めて見るような自然な微笑みだ。俺は何となく惹きつけられるようにユキトの顔を見つめていたが、はっと我に返って、隣に座る。
「それなら良かったけどな」
何を食べたのか聞かれたから、ルイと出店を全制覇しようとして無理だった話をしたら、爆笑していた。
「大食いファイターでも目指してるのか?」
と言われて訳が分からず聞くと、ユキトの世界ではどれだけたくさん食べられるかを競う職業があると知って、そっちの方が驚きだった。ホントどれだけ平和なんだ…ってもうそれはいいか。とにかく何もかもが違う世界だ。
「エクシリアじゃ美味いもんなんて食ってなかったからな、ここに来てタガが外れちまったんだ」
そう言うと、ユキトは少し神妙な顔をした。
「…そっか。じゃあヒューゴは…死んで良かったって事はないけど、こっちの世界に来れて良かったのかな。もう戻れないでもいいのか?」
「まあそうだな。俺は思い残す事も無かったし、むしろこっちの世界の方が俺の世界よりも平和で豊かだからなあ。食い物も美味いし、あの時死んで良かった、って言い方はあれだけど、まあもう悔いは無いよ」
さっき、スキルがあればエクシリアの戦争も終わらせる事が出来るだろうな、ってちょっと考えてた事は何となく黙ってた。
今言ってもしょうがないからな。
するとユキトが、
「俺も、もう日本には戻れなくてもいい。あっちの世界に思い残す事も、やり残した事も何も無いんだ」
と言い出した。初めて、ユキトが話してくれた。俺はちゃんと聞かなきゃいけない、という気持ちになって、黙って話の先を促した。
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