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17話 甘い時間
意識が浮上してきてうっすら目を開けると、窓から柔らかい朝の光が差し込んで、部屋を白っぽく照らし出していた。
俺の後ろでゴソっと動きがあって、耳元で低い声が響く。
「ユキトおはよう」
「ん…ヒューゴ…」
―――素っ裸で後ろからヒューゴに抱きすくめられ、髪の毛にキスされながら目を覚ますとか、一体何の恋愛ドラマだ…
起きたばかりでぼんやりした頭でも、そんな突っ込みをしてしまう。
でも、そんな事を思ってはみたものの、胸に暖かいものがじわっと広がって来て、喜びを感じているのも事実だ。
相変わらず、身体の方は元気いっぱいで何の疲労も痛みも無い。これはこれで助かってる。もしこれがなかったら、絶対に疲労困憊で1日起き上がれなかった。
「あー可愛い」
「あ、もう…朝から駄目だって…」
後ろ頭にキスされていたのが首筋に降りて来て、後ろから回されてた手が段々怪しい動きになってくると、俺まで変な気分になり始める。
「あっ、ん…」
あれから俺は、少しの刺激でもすぐに体が燃え上がるようになってしまった。ヒューゴの愛撫で体が蕩けて流されてしまいそうになったところで、この世界に来る前に管理神の奴に言われた『淫乱の素質がある』という言葉が、頭の中で響いて我に返った。
慌てて頭を振って否定する。
いや、違う。俺は淫乱なんかじゃない。これは媚薬の影響が残ってるんだ。そうに違いない。
だからこんな流されて、セックス三昧の日々を送ったりなんかしない。
俺は寝返りを打ってヒューゴの方に向き直ると、言った。
「ちょ、ちょっと、待った。このまま流されてると俺、朝から晩までやりっぱなしでさすがに精神的に疲れるからさ…夜だけにしよう」
「えー、そんなあ!俺、ユキトとだったらやりっぱなしでも全然平気なんだけど、ユキトは嫌なのか?」
うっ…ヒューゴが叱られた犬みたいに見える…罪悪感を煽って来るんじゃない。俺はふいっと目を逸らしながら言った。
「いや、お前の性欲、普通じゃないし…いくら体が不死身で回復ハンパなくても、ちょっと…あんまりやってばっかっていうのは、昔を思い出すから嫌だっていうか…」
そうだ。俺に淫乱の素質があるなんて事を認めたくないからでは、断じてない。
家を飛び出した後、俺は朝から晩まで誰かと、体だけの繋がりを持っていた事があった。爛れてる、と自分でも思ってた。
言い訳のように口にした事で、ふいにあの腐った街の臭いまで蘇って来るようで、俺は思わず、ぐ、と唇を噛んでいた。
俺を見つめていたヒューゴはそれに気付いたのか、ふっと笑った。
「そっか。分かったよ。ユキトに無理強いなんかしたくないしな。その代わり、こうやって触れるのはいいか?」
そう言って、俺をぎゅっと抱き締めて来る。
「うん…こういうのならいい。むしろ好きだ」
ほわっと体がリラックスして、素直に言えた。
あの頃と全然違うのは、今はこうやって信頼できる相手がいて、安らげてるって事だな。こういうの、幸せっていうのかな…
「うう~~俺も好き!可愛い~~」
ヒューゴの腕の力が強まって、足でも締め付けられてしまう。うっぐ、苦しい…けど、この苦しさすら嬉しい気がしてしまう俺も重傷だ。
それにしてもヒューゴのやつ。昨日自分の気持ちに気付いたからか、俺に対して全開で愛情を表現するようになった。二人きりでいると、俺に対する態度があからさまに甘い。「好き」とか「可愛い」を連発して来る。
今朝のこれといい、本当に付き合い始めたばかりの恋人にするようなべたべたな態度だ。
俺も、正直、嬉しくないわけじゃない。
でも周りの人達にも気付かれているんじゃないか?と思うと、男同士の付き合いを汚いとか間違ってると罵倒され、非難された過去を思い出し、苦いものが広がる。
だから、どうしてもヒューゴのようにあからさまな愛情表現が、俺には出来ない。
…まあ、ヒューゴと一緒に寝てるのは前からだし、する時は結界張ってるし、なんやかやで汚れたシーツとか服は清掃スキルで綺麗にしてるし、特に何もばれていないとは、思う。
じゃないと、俺が落ち着いていられない。
と、そこにトントンとドアがノックされた。
「おはようございます!お二人ともお目覚めでしょうかー?」
元気なルイの声。
「――――ッ」
俺はビクッとして急いでヒューゴから距離を取り、慌てて脱がされた服を探すが、ベッドの中には見付からず、毛布に包まってじっと固まった。
それをおかしそうに見ていたヒューゴは、素っ裸のままベッドから降りて、ソファに放り投げられていた服をさっと羽織りながら、ルイに「起きてるよー」と返事していた。
ほんと、こいつはいつも余裕だな。
ガチャ、とドアが開いて、さっきまでこの部屋の中で何が繰り広げられていたかを知らないルイが、元気よく俺達に声を掛けて来る。
「失礼しますね。昨夜はよく眠れましたか?もう朝食持って来てもいいですか?」
「ああ、よく寝たし腹減ったから頼むよ。それよりルイ、お前昨日腹は大丈夫だったか?ついあんなに食わせちまって、気になってたんだよな」
ヒューゴに心配そうに覗き込まれて、ルイはにこっと笑った。
「大丈夫です!一晩寝たら完全に消化出来ました!それより、お祭りであんなにお腹いっぱい食べられたの初めてで、本当に嬉しくて、ヒューゴ様には感謝してます!」
「そっか、なら良かった。祭りはまだ今日もあるんだろ?今日は昨日食い損ねた出店行ってみたいな~。ルイも行きたいだろ?」
「うう、僕も行きたいけど、今日は交代で他の子が行くんで僕、お留守番です…ヒューゴ様、僕の分まで楽しんで来て下さいね?」
へにょりと下がった眉でヒューゴを見上げるルイに、ヒューゴは「おう、土産買ってきてやるよ」と笑った。
「わ、やったー!ありがとうございます!あ、ユキト様も楽しんで来て下さいね!あれ、ユキト様の服がこんな所に落ちて…脱いじゃったんですか?」
ルイがベッドの足元に落ちていたらしい俺の服を見つけて拾い上げたので、俺は冷や汗をかきながら「あ、暑くてな!」と毛布にくるまったまま言った。変に声がうわずってしまった。
「え?昨日随分寒くなかったですか?やっぱり豊穣祭の頃になると冷えて来るなーって思ってたんですけど、勇者様達って僕達とは体の造りが違うんですかね?あ、パンツまで落ちてる。いくら暑いからってどこまで脱いじゃうんですかー」
無邪気なルイの言葉に、俺は「今着るからベッドの上に置いといてくれ」としか言えなかった。
こんな純粋そうな天使みたいな子に、俺達の淫靡な情事の事なんて知って欲しくない。
「はい、どうぞ。いくら勇者様でも体調崩しちゃったらいけないから、気を付けて下さいね?」
「ありがとう…」
ちらっとヒューゴの方を見たら、ヒューゴはおかしくてたまらない、という顔で笑いを堪えていた。くそ、俺の服引っぺがしてベッドの足元に放り投げたの、お前じゃないか。
その後、ルイが持って来てくれた朝食を食べながら、俺はヒューゴに話をした。
これからどうするか、の話だ。
言いたくないが、この調子だとあっという間にヒューゴからコピーしたスキルは、進化上限値まで達するだろう。
そしたら、一度その状態で魔王に挑んでみたい。そう言うと、ヒューゴはちょっと心配そうに俺を見た。
「でもお前、魔王の黒い光線でかなり精神的にやられてただろ?大丈夫なのか?」
俺は硬いパンを千切ってスープに浸しながら答える。
「確かにそれはそうなんだけど…俺、ヒューゴ以外の転移者と積極的に…セックスするのはちょっと抵抗あって。だから出来ればヒューゴからコピーしたスキルで倒せればな、って思ってるんだよな。それに、絶対防御も進化出来るみたいだから、そしたらあの黒い光線も防げたりしないかなって考えもある」
ヒューゴとする事に対しては確かに、抵抗感は無くなったかもしれない。けど、顔も知らない、どんなやつかも分からない男と喜んでセックス出来るほど、俺はまだ開き直ってない。往生際が悪いのかもしれないけど。
でも、俺の言葉を聞いたヒューゴは、妙に高いテンションで賛成した。
「ああ、うん。そうだよな!確かに俺からコピーしたスキルで倒せれば、それに越した事はないもんな!そしたら他の転移者と会う必要も無くなるし、当然、そいつらとセックスする必要だって無くなるわけだ。よし、早いとこスキル進化させて魔王を倒そうぜ!」
ヒューゴは勢い込んで朝食を平らげると、すぐにでも俺を押し倒しそうな勢いだったけど、俺は「夜な」とそこは頑として譲らなかった。
それから豊穣祭にまた出掛けたり、夜になった途端、勢い付いたヒューゴに流されたりして、結局数日でヒューゴからコピーしたスキルの限界値を超えたのだった。
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