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27話 安心するまで何度でも
夕食は、神殿の大きな食堂で出された。
この神殿にいる神官達が勢ぞろいしていて、俺達は食堂に安置してある神像の前の席に座らせられ、皆に見られながら食べるという全く落ち着かない食事だった。
「なんか、俺ら見せ物みたいで落ち着かねえんだけど」
さすがのヒューゴもアルベルト神官長にそうぼやいていたけど、
「申し訳ございません。ですが、神の御遣いの皆様を間近で拝見し、お傍に控える事で私共も神の奇蹟の恩恵を受けられるのです。どうかご理解下さい」
なんて言われてしまうと、それ以上駄々をこねる訳にいかなかった。
味が良く分からなかった夕食を終えると、俺達は自室に戻る事にした。
「それじゃあユキト。明日から僕と行動を共にして欲しい。もっと親密になれると嬉しいな。朝食の後、君の部屋に行くからね。ヒューゴもよろしく」
「分かった」
ロシュが部屋に入ると、俺はヒューゴに向き直った。
「ヒューゴ、お前の部屋に行ってもいいか?」
「え?」
何か考えに沈んでいたヒューゴは、ぱっと顔を上げて俺を見たけど、珍しく戸惑った様子で言い淀んだ。
「えー、と。いや……今は、ちょっと」
俺はその様子を見るとモヤッとした。
「何だよ、この前から?お前、いつも何でもきっぱりはっきり言う癖に、何をそんなに言いにくそうにしてるんだよ?いいよ、入るからな!」
強引に中に入ると、ヒューゴは狼狽えてはいたけど、黙ったままあとに着いて来た。
俺はベッドに座って、ヒューゴに隣に座るように促した。
「お前、この前からおかしいぞ。何か言いたい事があるなら言え、って言ったろ?」
何度も口にした言葉をまた繰り返すと、ヒューゴもまた同じように答えた。
「いや、だから特に何もないって」
頑なだな!
その態度にちょっとムカついたが、思い直してなるべく気持ちが伝わるように落ち着いて話す。
「……そんなわけないだろ。俺、明日からお前と過ごす時間減るから、こんなモヤモヤしたままじゃ、嫌なんだよ。だから、頼むから……ちゃんと思ってることを言って欲しい」
「……」
ヒューゴは俺の顔をちらっと見た後、両手で自分の顔を覆って「あ~~」と声を発した。
そして、物凄く言いにくそうにぽつり、と言う。
「……めちゃくちゃ情けなくて、恥ずかしいから言いたくなかったんだ」
「何が?」
ヒューゴは、下を向いたまま続ける。
「俺が……お前とロシュのこと、めちゃくちゃ嫉妬しちまってて、お前がロシュに抱かれんの、ものすげえ嫌だって思ってること」
「え?」
思わずぽかんとして、ヒューゴの顔を見つめてしまった。ヒューゴは、そんな俺の顔をちらりと見て、髪をぐしゃぐしゃと引っ掻きまわす。
「……ごめんな、お前、いつも俺のこと芯があるとかさ、いいように言ってくれてるのに、俺、こんなつまんねえ嫉妬なんかしちまってて。ガキで。おまけに、お前がロシュのこと好きになって、俺のことなんて好きじゃなくなるんじゃないかなんて事まで考えて不安になって、自分でも自分がこんな面倒臭ぇ奴だなんて知らなかった」
一度言い始めてタガが外れたのか、ヒューゴはそんなことを一気に口にした。
不安そうな顔がまるで子供みたいで、そうだったのか、と納得すると同時に、俺は笑い出していた。
「……く、あは、あははっ」
「え?」
ヒューゴは、訳が分からないという顔で驚いて俺を見る。
「俺、初めてお前が19歳の、年相応の男に見えた。それに……嫉妬してくれてたなんて、可愛いなって思ったんだ。笑っちゃってごめん」
そう言って、ヒューゴの頬にそっと触れる。
「俺がお前の事好きじゃなくなるとか、そんなことあるわけないだろ。そこは信じててくれ」
本当は、俺がロシュを好きになる事なんか絶対ない、と言おうとした。だけど昼のロシュの言葉を思い出してしまい、言えなくなった。
『人の心はすごく、自由なものだよ。少し前までこうだ、って思ってた事でも、何かのきっかけで180度真逆に変わったりする。自分の心を縛るのは、唯一、自分自身の思い込みだけなんだ』
あの、ロシュの言葉は俺の心に深く刺さった。
だって、今こうして俺がヒューゴを好きだって思ってる事自体が、それそのものだからだ。
ここに来る前の俺は、誰の事も好きになんかならない、男も女も皆、嫌いだ、なんて思っていた。それが、今じゃヒューゴを心の底から愛おしいなんて思っていたりする。
あの頃の俺が今の俺を見たら、気でも違ったんじゃねーのか!?なんて驚愕するだろう。
だからこそ、今、軽々しく「ロシュの事は好きにならない」なんて言えない。そう言っておいて、あとからやっぱり好きになった、等と告げる方が酷いし、ショックを与えてしまうだろう。
一度幸せを手に入れてそれを失う辛さは、俺はよく知っている。
でもこの先、ロシュを好きになろうがなるまいが、俺がヒューゴを好きな事は変わらない。俺の胸の一番奥を占めているのは、ヒューゴだ。
「でも……こんな俺でがっかりしたんじゃねえか?情けねえし、ガキだし……」
弱々しく言うヒューゴに俺は微笑んだ。
「全然、そんな事ないよ。むしろ、いつもしっかりしてるから、そんなところもあるんだなって、ホッとしたっていうか、ますます……愛おしいって思った」
そう言って、ぎゅっと抱き締めると、ヒューゴも俺の背中に手を回して来てくれた。
「ユキト……俺、お前のスキルの特性上、他の転移者とやる必要があるって、仕方ないって、頭では分かってんだ。けど、そのこと考えると胸が苦しくて」
「ヒューゴ……」
俺だって、お前とだけしていたいよ。だけどそれじゃ、いつまでも俺達はここに閉じ込められたままだ。あの時、ヒューゴもロシュも、やっぱり自分の世界の事が気になると言っていた。
俺は本当にもう、日本の事はどうでもいいし、ヒューゴやロシュとは違って、全く帰りたいとは思わない。
だけど俺の好きなやつが、そいつの世界の事が気になるって言うなら、帰してやりたいって思うのは当然だろう。
その為には、俺のスキルを使うしかない。
でもどうしたら、ヒューゴの気持ちを宥めてやる事が出来るんだろう。
俺に、何か出来る事は……
「ヒューゴ、俺、お前が安心するまで何度でもお前の事、好きだって、愛してるって伝えてやる。それでも足りなきゃ、お前が俺の事ずっと抱き締めてくれてたみたいに、いくらでも抱き締めててやる。それに……お前がどんなにしつこくしても、俺、もうやめろとか言わずに、全部受け止めてやるから。お前の不安がなくなって、安心するまで、好きなようにさせてやる」
「ユ、ユキト……」
ヒューゴが体を離して、目を見開いて俺を見た。
「色々考えたけど、今の俺に出来るのは、そうやって精一杯俺が思ってる事を伝えて、ヒューゴの気持ちを受け入れてやる事だけだ。心でも、体でも全部、受け入れて受け止めてやる。それで、それでも足りない、不安だって言うなら、それはその時にまた二人で考えよう」
ヒューゴの肩を掴んで真正面から見つめると、ヒューゴの透き通った緑色の目が潤んで、涙が一筋落ちた。
「……前にユキトが幸せでも泣けるって言ってたけど、ホントだな」
「ふふっ」
笑って顔を近付け、零れた涙にキスしてそのまま唇を滑らせ、ヒューゴの唇に触れる。
ぬくもりを分かち合うような優しい口付けを交わして、俺はヒューゴの目を見つめながら言った。
「好きだよ。愛してる、ヒューゴ」
「ユキト、俺も……」
そのあとは、俺がいつもより積極的になったのと、不死で超回復する体のおかげで何とかヒューゴの有り余る性欲と情熱と愛情を受け止める事が出来た、とだけ言っておく。
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