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第8話 ニホンからの転移者サクラバ・ユキト③ sideヒューゴ・ヴェルスター
まさかの、年上だった。
嘘だろ。こんな22なんているのか?エクシリアじゃ、22なんてめちゃくちゃ大人だぞ。そんな年まで生き残ってたら、幹部にでもなっている位だ。
エクシリアで俺が知ってる22才なんて、威厳と風格、威圧が半端ない奴ばかりだ。
やっぱり、ユキトはとことん平和な世界に生きてたんだなあ。世界が違いすぎる。
「そう言うヒューゴはいくつなんだ?」
聞かれて19だと答えると、ユキトは堪えきれなかった、とでもいうようにくぐもった笑い声を上げた。
「はは…何だよ、俺、19の年下に頭撫でられて慰められたのか。ははっ、笑える」
俺の方が年下と分かったからなのか、最初の澄ました大人しい様子のユキトと比べると、随分砕けた口調に変わっていた。
唖然としたが、でも、なんというか、ユキトが俺に対して張っていたバリアみたいな物が無くなった気がして、それはそれでいい気分だった。
しばらく呆然と笑うユキトの顔を眺めていたが、はっとして言った。
「え、あの、いや!お、お前が、いや、ユキトが年下だろうが年上だろうが、さっき言った事は変わらないから!自分を恥じる必要なんてないからな!?」
ユキトが年上だろうが、自分を恥じて責めていた事は間違いない。それは戦場では自分の足を引っ張り、いつか自分を破滅させる。
「…大丈夫だよ。戦う事に関しては、ヒューゴの方が先輩なのは確かなんだし、さっきのアドバイス、俺はけっこう救われたんだ。ありがとな。センパイ。これからもよろしく頼むよ」
ユキトは、妙に明るい口調で言って俺の手を握って来た。俺もそれに応えながらも、長年の勘というか、何か違和感を感じてもいた。
「それよりさ、魔王があんなに強いなら、やっぱり他の転移者と協力しないと無理だろ」
おまけにそんな事を言って、もう、今すぐにでも他の転移者がいる街に行こうとする。
あまりに性急だ。
極度の緊張状態が続いた後に解放されると、一時的に気分が高揚して酩酊した状態になる事がある。だが、その高揚感に酔っていると、あとで必ず堕ちる。
そういう奴をよく見て来た。
ユキトのこれは、それに似ていた。まだ完全に自分の受けた『傷』を飲みこめたわけじゃない。安定するまでまだ、何かありそうだ。
それを乗り越えない限り、ユキトは危ない気がする。
不安定で脆い、そんな気配をユキトに感じた。
だから俺は、今すぐ他の転移者に会いに行く事は反対した。
「ユキト。今はさっきまでの興奮で疲れとか感じてないかもしれないけどな。不死身なのは身体だけで、心までは同じとはいかないんだよ。お前だって、この世界に来たばっかりなんだろ?だったらしばらくここで休んで、落ち着いてからでもいいんじゃないか?」
そんな風に言うと、ユキトは黙った。
「こんな事言うとあれかもしれないけどな、俺はずっと住んでもいい位ここの世界が気に入ってるし、特に急いで魔王を倒さなきゃいけないって気分でもないんだ。魔王だって、あの場所から動かないし。だからゆっくりでもいいと思ってるんだよな」
そう言ったら、ユキトは弾かれたように顔を上げた。
初めて見る焦りと怒りの入り混じった顔で、俺を憎々し気に睨み付けて叫んだ。
「―――ゆっくり?ふざけんなよ!何のんびりした事言ってるんだ!」
俺はユキトのあまりの剣幕に驚いたが、何か急がなきゃいけない理由があるのかと思い至った。
俺達は生の途中、いきなりそれを断たれた。だから当然、何か心残りや、やり残した事があるだろう。俺は常にいつ死んでも仕方ないって思って生きて来たから、エクシリアに心残りややり残した事なんて、正直ない。
でも、ユキトは違うもんな。
平和に、幸せに暮らしていたはずだ。だったら、残して来たものが気になるのも仕方ない。
「お前、そんなに急いで…ニホンに何か大事なものを残して来たのか?」
そう聞いた。
けど、予想外にユキトは、顔を強張らせて目を伏せた。
さっきの剣幕が嘘のように、大人しく静かになってしまった。
「……別に、そういうものは何も、ない」
しばらくして、感情のない声でそう言うと、ユキトは俺に謝った。
「…悪い。怒鳴ったりして…ヒューゴは何も悪くないのに。俺が勝手に焦っただけだから、ヒューゴの言う様にしばらく休もうと思う。色々ありがとう。ちょっと寝る」
そうしてまたシーツに潜り込むユキトに、俺は「気にしてないから大丈夫だ。ゆっくり休めよ」と声を掛けてから部屋を出た。
うーん。やっぱり不安定だな。ギリギリの所で均衡を保っている張り詰めた糸が、いつ切れてもおかしくない、そういう危なっかしさがある。
しばらくして見に行ったら、ユキトはぐっすり寝ていた。
もう夜で、俺はユキトの様子が気になったから自分の部屋から毛布を持って来て、ユキトと同じ部屋のソファに寝転がって様子を見ることにした。
そうしたら、夜半過ぎだろうか。
俺もいつの間にかぐっすり寝ていたんだが、ふいにユキトの悲鳴と叫び声で目がぱっと開いた。
「嫌、嫌だやだあ!来ないで、来ないで」
急いでベッドに寄ると、ユキトが目を閉じたまま悶えていた。閉じた瞼には涙が滲んでいる。
「どうしたんだ、ユキト!?大丈夫か?」
悪い夢でも見ているのかと揺さぶったが、なかなか起きず、その間もずっと「やめて」「ごめんなさい」「もう許して」と呟いている。
すごく、辛そうで苦しそうだ。
強い精神的ストレスが続いた後、反動で興奮、その後急激に落ち込む奴が居るのは今まで散々見て来た。
昼間、妙に高揚した様子だったから、こんな風になるんじゃないかとは思っていたけど、それにしては言っている事が少し妙だった。
今日、あんな目に遭って受けたショックの反動にしては、喋り方がどうも子供のようだし、言っている内容も子供が誰かに懇願しているような内容だ。
まるで、子供のユキトが誰かに危害を加えられて、怯えているようだった。
俺は困惑した。
ユキトの世界は平和だったんだろ?幸せに暮らしてたんだろ?なのに、なんでこんな悪夢に魘されたりしてるんだ?
ユキト、お前どんな風に生きて来たんだ?
そういえば、ユキトがニホンで具体的にどんな風に生きていたのか、って事や、死の詳細を語らなかった事に気付いた。
平和な世界で、お前に何があったんだ?
「おい!ユキト!もう大丈夫だ!ここはもうニホンじゃない」
ユキトの身体を抱き起こすようにすると、やっと目が醒めたようで、ユキトがぼんやり俺を見た。
「あ…う」
涙で濡れた目。
「何か怖い夢でも見たのか?すごく魘されてたから起こしたんだ」
気が付くとユキトの体はまた震えていたから、俺はぎゅっと抱き締めて、背中も撫でてやった。
「そ、か…ごめん、迷惑かけて…」
しおらしく呟くように言うユキトに、俺は胸が締め付けられるような気がして、
「とにかくもう大丈夫だ。落ち着かないなら、お前が寝れるまで俺が背中擦っててやるから。もうここは大丈夫だから、安心して寝ろよ」
「うん…」
寝ぼけているのか、妙に大人しく素直にユキトは言って、そのまま俺に体重を預けて来たから、俺は背中に手を回してゆっくり寝かせて、抱き締めたまま一緒に横になった。
子供みたいになったユキトに、どうして、何があったんだ、と聞きたい気持ちに蓋をして、俺はそのままずっとユキトを抱き締めたまま眠った。
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