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 『皆様、今年のクリスマスはいかかがお過ごしでしょうか?』  12月24日。俗に言うクリスマスイブでは、このような無神経なアナウンスが至る所に流れている。   「いかかがクソもねえよ・・・」  そんな独り言を呟き、イルミネーション光るショッピングモールへと入っていく。  振り返って見ても、華やかなクリスマスに思い当たる節はない。  小学生の頃は良かった。クリスマスイブの食卓にはケーキと七面鳥が並び、その翌朝、サンタからプレゼントが送られる。まさに宴に相応しい興奮を覚え、1週間前から浮足立ったものだ。  だが年齢を重ね、サンタが存在しないことを知ってからというもの、そんな胸の高鳴りはどこかへ行ってしまった。おまけに中学時代は部活、高校では予備校、大学入学後はアルバイトに精を出したがために、クリスマスにはろくな思い出が無い。  そして社会人になった今、年末のせわしなさに今日が何日であるかも忘れ、ただ中にある本屋に行きたいがために、煌々とイルミネーションを輝かせ恋人たちを受け入れる気満載であるこんな場所に来てしまった。  「あ、○○君・・・」  「ごめん△△、待った?」   「う、ううん。私も今来たところだから・・・」  辺りを見ても人、人、人・・・特にカップル連中が馬鹿みたいにうじゃうじゃいやがる。全くもって忌々しい。何が忌々しいって、クリスマスイブに近所のショッピングモールをデートの場所に選ぶセンスを持った連中には、ろくな奴がいない。具体的にどうろくでもないかと言えば、あのクソガキどもを見れば、誰にでもわかることだろう。  あいつらは恐らく高校生だろう。2人が付き合って過ごす初めてのクリスマス・・・いや、まだ付き合っていないかもしれない。普段学校で会う時は楽しく話せるというのに、クリスマスを共に過ごすということで特別な関係を意識して、無意識のうちに緊張をする。でも緊張していることを悟られたくないから、いつも以上にいつも通りを意識して、余計ぎこちなくなる。頬を赤らめ、他愛もない会話もままならない。その時、手袋を忘れてしまった女の手に気がつく男。  「良かったら・・・」  そう言って男は恥じらいながら、ポケットに入れていた自分の手を差し出す。女は微笑みながら頷き、差し出された手を握る・・・  「ふざけるんじゃあああない!!!」  俺は心の中で絶叫した。あの2人は、高校生にしか出来ない初々しい体験を今ここでまさに享受している。そんな姿を目の当たりにして、正気でいられる俺ではなかった。  既に年齢はに20代後半。世間的にアラサーと呼べれている俺は、当たり前だが高校生には戻れない。つまり、高校時代のクリスマスイブを全て予備校で過ごした俺には、どうあがいてもがいてあんな経験は出来ない。そんな事実を改めて噛みしめて、叫び出したい虚無感に襲われる。  俺と同世代の、ある程度遊び慣れた連中であれば、見ている第三者が気恥ずかしくなるようなやり取りは少ないので、まだ我慢出来る。ただそんな連中は近所のショッピングモールをデートの場所に選ばず、もっとSNSやテレビで特集されるようなスポットや、名のあるアミューズメント施設、または高級ホテル最上階ディナーからの性なる夜というコースを選ぶ。  つまり、近所でクリスマスデートを過ごす連中など、交際経験の少ないクソガキカップルぐらいしかいないのだ。そして俺はそのクソガキを見て  「初々しくてきゃわいい~」  なんて受け止める余裕もなく、大人げもなく憤怒する。  「クソ・・・クソ・・・クソ・・・」  右手親指の爪を噛み、なんとか怒りを押さえつける。もちろん周りの人間は、そんな俺を見向きもしていない。そう思っていた。  「すみません。」  だからこそ、声をかけられたことに驚き、思わず足を止めてしまった。  「はい?」  振り向いた先に立っていたのは、同い年ぐらいの男性だった。格好から推察するにこの男性は、このショッピングモールの従業員だろう。  「実は今、こちらにあるクリスマスツリーにですね、皆様のお願い事を書いた紙をつるして、サンタさんへ届けようという企画を実施しているのですが、お客様も書いていかれませんか?」  爽やかな笑顔でペンと紙を差し出してきた従業員男性に、俺は言葉を失った。  そもそも願い事書いて木につるすって、それはもうクリスマスじゃなくて七夕じゃないのか?・・・その辺は日本特有の節操のなさで百歩譲るにしても、普通子供とかカップルに頼むのであって、間違っても爪を噛んで歩くスーツ姿の成人男性には声をかけないだろう。  「いかがですか?」  従業員男性はやたらぐいぐい勧めてくる。こっちもこっちで長時間この場に立ち尽くして話を聞いてしまった矢先、今更断り難い雰囲気も出てきてしまっている。  「・・・わかりました。」  まあ願い事を書くだけだし、この人が俺に声をかけてきたのも何かの縁だろう。今日ぐらいは、そういう運命的なものを信じてみるか。俺は紙とペンを受け取り、軽い気持ちで記入用のテーブルへ向かった。だがいざ願い事を書こうと思うと、全くと言ってもペンが進まない。  彼女が欲しいとかお金が欲しいとでは、正直面白味に欠ける。どうせ誰にも見られないのだから、ここぐらい俺のクリスマスに対する鬱憤を吐き出してやりたい。だがストレートに、クリスマス許さんとかカップル全員焼き尽くすとかだと、流石にやりすぎというか、飾ってもらえないだろう。  「いかかですか?」  まずい、さっきの従業員が来た。内容もさることながら、大の大人がサンタへの願い事を長考しているという事実が一番恥ずかしい。  早く、何でもいいからさっさと書くんだ、俺・・・!  「え、ええ、書けました。」  従業員へ渡した紙には、このように書かれていた  『高校生カップルを見てもイライラせず、初々しいと微笑む余裕が欲しいです。』    やってしまった。家に帰ってもなお、俺は恥ずかしさを引きずり続けていた。  あの意味不明な願い事は一体なんだ?従業員の男性もあの内容を見てから、どうも笑顔が引きつっていた。あんな顔をされるぐらいなら、カップルやクリスマスへの恨み言の1つや2つ書いた方がまだましだった。  やっぱりクリスマスなんて最悪だ。気分も落ち込んだ俺は夕飯も食べず、さっさと布団に潜り込んだ。だが眠りに落ちる前、インターホンの音が鳴る。訪ねて来る人間に心当たりもないのに、なぜか不審に思わなかった俺は迷わず玄関ドアを開く。  「はい、どちらさ」  「メリークリスマス!!!」  全身真っ赤でもじゃもじゃの髭。そこに立っていたもはザ・サンタという格好をしたおじさんだった。  「ひっ、」  当然こんな知人に心当たりもなく、ただただ恐ろしかった俺は勢い良くドアを閉めようとしたが、怪しい男は閉めようとするドアに足を挟みそれを阻む。  「ちょ、タンマタンマ!話聞いてよ!」  「嫌ですよっ、あんた誰ですかっ。」  「見ての通り、サンタだよ。」  ニコリと笑う男の隙を伺い、再びドアを引く力に全体重をかけたが、男は右足だけでその力に抗い続ける。  「はあ、はあ・・・」  ついに抵抗する気力を失った俺は、5分で済むと言われたので男の話を聞くことにした。  「本当に俺、ガチサンタなのよ。マジ怪しい者じゃないから。」  「クリスマスにそんな格好して知らない人の家に行くのは、もう怪しい者の行動ですよ。」  「大丈夫だって。俺金も取らないし宗教の勧誘もしないから。」  見た目は完全なおじさんなのだが、妙にくだけた口調が気になったが、長引かせるもの面倒なので特に指摘はしない。  「それで、用件はなんですか?」  「そりゃもちろん、プレゼントを届けてきたのよ、君に。」  「はあ・・・でも見たところ、あのサンタさんが持ってるプレゼントが入ってる袋は見当ないですけど。」  「うん、だって君へのプレゼントは物質じゃないもん。」  「はあ?」  意味がわからないのは見た目と行動だけにしてくれ。俺は心底そう思った。確かにこんなおじさんが渡してきたものなんてタダでもいらないが、プレゼントが概念だなんて、そんな怪しい話にはついていけない。  「まさかあなた、神の教えがプレゼントだなんて言うつもりじゃないでしょうね?」  「違う違う。さっき宗教の布教じゃないって言ったばっかりでしょうが・・・第一、俺は君が欲しいって言ったものを持ってきただけで、ものじゃないものを所望した張本人は君じゃないか。」  俺が欲しい、ものじゃないもの・・・まさか!  「・・・どうやらピンときたみたいだね。」  男は不敵な笑みを浮かべる。  「俺は今から君に『高校生カップルを見てもイライラせず、初々しいと微笑む余裕』をプレゼントしよう。では行くぞ、はっ・・・」  「ままま待ってくれ!」  俺は右手から謎の念を放出しようとする男を慌てて制止した。   「んだよ、止めんなよ。別に痛くもないしすぐ終わるから、ビビんなくていいぞ。」  「違う、そうじゃないんだ。」  この男は本当にサンタで、もしくはサンタではないにしても何かしらの力を持った存在なのではないか。珍しく冴えた俺の頭は、そんな結論にたどり着いていた。  あの訳のわからない願い事は、ショッピングモールのクリスマスツリーにしか存在しない。そこには俺の名前も住所も書かれていないから、あの願い事を書いた人間が俺であり、そんな俺がここに住んでいると突き止めるためには、かなりの労力がかかる。ただのいたずらには見合わない労力だ。無論、そんないたずらを仕掛ける友達なんて俺にはいないが。  状況証拠だけではあるが、あの願い事を書いた主が俺であることを知っている時点で、この男は只者ではない。つまり本当に願い事を叶えてくれる力があるのかもしれないのだ!  だったら、やるべきことは1つだろう。  「あの願い事は、実は俺が本当に願っていることじゃないんだ。」  「うん、だろうね。あんなふざけたお願いしている人見たことないもん。」  流石にばれていたか・・・いや、そっちの方が好都合かもしれない。  「なら話が早い。折角ここまで来てくれたのだから、俺の偽りの願い事ではなくて本当の願いを叶えてはくれないか?」  「嫌です。じゃいくぞー」  「まままま待ってくれって!」  構えに入るサンタを、再び俺が慌てながら制止する。  「君、慌て過ぎてまの文字数増えてるぜ?もう一回やったらまた増えるのかな。」  右手を眺めながら冗談を口にするサンタに、俺は詰め寄る。  「どうしてだ?あんたもあれが俺の本当の願い事じゃないってわかってるんだろ?だったら、だったら・・・」  情けなくすがりつく俺に、サンタはため息を漏らす。  「サンタだって人間なのよ。多くの人間がサンタなんて存在しないって思ってるのは、みんなのところに行ける訳じゃないから。24日の夜、時差とかも色々考慮しながら世界中飛び回り、寝ないで働き続けても顔を出せる家はごくごく少数。じゃあサンタは、そのごくごく少数をどういう基準で選んでいるかわかる?」  サンタの問いかけに対して、俺は無言で首を横に振る。  「それはね、欲しいものが面白いかどうかなんだ。いい子に過ごした子供にプレゼントをするなんてのはただの迷信。子供たちを躾けるために親が生みだしただけで、夜中に騒ぐと蛇が出てくるなんて話と同じ類なのよ。俺たちサンタは、子供だろうが大人だろうが、一風変わった変な願い事を叶えることに躍起になっている。これが真実って訳・・・Do you understand?」  突然英語の使って本場の雰囲気を演出するサンタに、もはや俺は何も言い返すことが出来ず、膝から崩れ落ちる。  「俺この後もあるから、もうやるね。次はまを何回言っても躊躇しないから・・・」  サンタは右の手のひらを俺に向けて、掛け声と共に何かを送ってくる。それと同時に、段々と、意識が、遠く・・・  「・・・はっ!」  思わず布団から飛び起きる俺。真冬だというのに、寝間着にはかなりの汗をかいている。  なにか嫌な夢でも見ていたようだ。それも妙に気味の悪い、変な夢を・・・。  目覚めこそ悪いが、いつもよりだいぶ早い時間に起きたので、普段よりもゆっくり支度をして会社へ向かう。今日は12月25日であるが、当然枕元にプレゼントなどない。  駅のホームで電車を待っていると、朝から手をつないでいる高校生カップルを見つけた。理由はわからないがその2人を見て俺は、何だか胸の奥が暖かい気持ちになった。  「・・・今日が仕事納めだし、頑張るか。」  久しく味わっていなかった前向きな気持ちで、俺は満員電車へと乗り込んだ。    
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