お見送り:中瀬歌穂

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お見送り:中瀬歌穂

 人前に出ると緊張が勝ってうまく話せない尊が、スピーチの原稿をポケットにしまった時は、どうなることかと思った。だが、尊は自分の言葉で最初から最後まで堂々と話し切った。  歌穂は、尊を見上げる。  小柄な歌穂に対して長身の尊。いくら高いヒールの靴を履いているとはいえ、ふたりの身長差は大きい。尊は目を潤ませて、満足そうな表情をしていた。かくいう歌穂ももらい泣きをしてしまい、ハンカチで目頭を押さえたところだ。  視線に気づき、照れくさそうな表情になった尊が歌穂を見つめる。微笑みを返しながら、歌穂は尊と出会ってよかったと改めて思った。 「退場のお時間です」  キャプテンに促されて退場すると、最後のイベントが待っている。ゲストのお見送りだ。  披露宴にはふたりの友達関係を招待していなかったため、新郎新婦と両家の両親が並ぶとゲストの人数とそう変わりはないが、最後まで心を込めてお見送りをする。  引き菓子には、父親の作った和菓子を選んだ。父親はお義父さんのように自分の店を持つ和菓子職人ではないが、歌穂がこの提案をすると勤務先の店に交渉してくれた。今日の挙式及び披露宴、ひいてはふたりのつき合いから結婚に至るまで、いろいろな人のおかげなのだと改めて歌穂は実感する。  少ないゲストなので、ひとりひとりと言葉を交わすことができた。  本間さんちの朝日くんには「歌穂ちゃんの父ちゃん、和菓子の職人さんなの! すっげえ!」と感嘆され、片山先生には「中瀬くんの手綱をうまく握ってやってくださいね」と言われた。上司である大西さんは無言でハグをしてくれ、それだけで感無量だった。そして、全員が父親の和菓子を喜んでくれたのが何よりも嬉しかった。
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