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後日:原田仁
原田仁が出勤すると、後輩の中瀬尊がすでに自席に座ってコンビニのおにぎりを頬張っていた。
「おはようさん」
原田が声をかけると、中瀬が振り返った。そして慌てたように立ち上がり、お辞儀をする。
「おはようございます、原田先生。休暇の間は患者さんのことありがとうございました。」
「いや、それはお互い様だからいいけど……」
結婚して披露宴のために数日休暇を取っていた中瀬の復帰の日だった。原田は、中瀬が食べているコンビニのおにぎりが気になった。
「何だ? 新婚なのに朝食抜きか? もしかして、喧嘩でもしたか?」
「あ、彼女は昨日から復帰で、夜勤だったので」
中瀬の奥さんは、この病院に勤める看護師だ。小児科の病棟勤務で、結婚後も夜勤を続けるという。
原田は給湯スペースの冷蔵庫からプリンをひとつ取り出した。ソファに移動してフィルムを開け、食べ始める。
「復帰早々夜勤か……。いろいろ寂しいな」
いろいろな意味を含ませたつもりだったが、真面目な中瀬には通じるまい。
「そうなんですよ……。でも、今日は一緒に過ごせるので、できるだけ早く仕事を終わらせます」
そう言って中瀬はパソコンに向き直る。今さえあれば電子カルテを眺めている中瀬だ。きっと休暇中の患者の経過を頭にたたき込んでいるのだろう。
原田が瞬く間にプリンを食べ終え、ゴミ箱に捨てようと立ち上がった時だった。
「あっ!」
唐突に大きな声を出して立ち上がった中瀬に、さすがの原田も驚きを隠せない。
「何だよ……。心臓に悪いじゃないか」
「すみません。でも、大事なことを忘れていたので……」
そう言うと中瀬は疾風のごとく医局から出ていき、またすぐに紙袋を手にして戻ってきた。
「原田先生。これ、お気持ちだけですが、披露宴の引菓子と父に焼いてもらったクッキーです」
差し出された紙袋を受け取る。中をちらりとのぞいた原田は、思わず頬がゆるんだ。
「悪いねえ、中瀬くん」
スイーツに目がない原田だ。しかも中瀬の父親は地域に根差したケーキ店の元パティシエで、奥さんの父親も名の通った和菓子店に勤める職人だという。そんな人たちに手による洋と和のスイーツ。
それらをどういう順番で味わおうか。早くもそのことで頭がいっぱいになる原田だった。
<了>
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