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挙式前:中瀬歌穂
メイク室の大きな鏡の前に座る。水城歌穂、いや中瀬歌穂は鏡に映る自分自身を見据える。
昨日、夫となった中瀬尊とともに、区役所に婚姻届を出してきた。だからもう水城ではないが、何となく今日の挙式と披露宴で切り替わる気がしている。
尊にプロポーズされてから、この日を迎えるまではとても早かった。これまで苦労の連続だった尊を早く安心させてあげたくて、最短で挙式できるように奔走した。もっとも歌穂自身もできるだけ早く同じ姓になりたかったことも否めない。
看護師という職業柄、華美な化粧はご法度だ。もっとも同僚の中にはきっちりと化粧をしている人もいる。だが、歌穂はナチュラル派だ。
歌穂は普段の自分から変わりゆく過程を鏡越しに見つめる。どんどん変わっていく自分。結婚するんだという思いがこみ上げる。
今の自分に不満があるとすれば、それはボブの髪型。歌穂は肩につかないほどのボブなので、子どもの頃から憧れていたアップにはできない。ウィッグをつけてもよかったが、最近ではボブのアレンジも豊富だと、プランナーから教えてもらった。
ふいに心境が変わった。変身したあとの自分に会いたい。歌穂は視線を伏せたまま、ヘアメイクに挑むことにした。
「お疲れ様でした。とてもおきれいですよ」
スタッフに声をかけられた。
「ありがとうございました」
礼を言いながら視線を上げて鏡を見ると、まるで別人のような自分がいた。ゆるく巻いた髪にフラワーパールのティアラが、とても似合っている気がした。
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