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駅で菫を見送ると、わたしは反対の電車に乗って、引っ越し先のアパートに帰った。
靴を脱ぐと同時に壁にあるスイッチを押すと、パチパチと蛍光灯が点いた。間取りは1DKで、三階建ての実家と比べたら、相当狭い。
部屋の真ん中に置かれた中古のテーブルの上には書類が散乱している。立て壊した実家に関する書類だ。茜の署名と印鑑だけがなされている。わたしも署名を書かなくてはいけない。
書いたらあの家は本当になくなってしまう。そんな気持ちで、放置していた。
……でも。
わたしは鞄を脇に置き、テーブルの前に座って、机上のペンを持った。
もう大丈夫。だって、菫にまたね、と言えたのだから。
ここの場所を教えなかったけれど、きっとあの子なら何とかして辿り着くだろう。悔しいけれど茜に似て、賢い。
もし、来なかったら?
それは、それだ。わたしはそれまでの存在だったということにする。菫は茜の娘で、わたしは所詮、叔母なのだ。何だか愛人みたい。
わたしは書類に名前を書いて、印鑑を押した。茜より文字が丸い。
茜が家で開けたとき、菫が見てくれるといいなあ。
自分の幼い文字を見て、ふとそんな風に思った。
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